現在位置:asahi.com>愛車>イタリア発アモーレ!モトーレ!> 記事 「夢」標準装備タイヤ2008年02月08日 ■冬用タイヤ探し
ボクが住むイタリア中部のシエナは、雪が1年に一度降るか降らないかという地域である。したがって、今まで冬用のスタッドレスタイヤを揃えたことはなかった。念のため積んでいたのは、タイヤにすっぽり被せる強化繊維製の滑り止めのみだった。 ところが、今年は年初から北部で大雪が降った。シエナも降るかもしれない。ここはひとつ、本格的な冬用タイヤを購入すべきと考えた。 まずは、以前普通のタイヤを購入したことがある店に赴く。すると社員が、パソコンを叩いて即座に探してくれた。 イタリアブランドが112.5ユーロ、日本メーカー製が107.5ユーロ、そして韓国メーカー製が80ユーロという。 ボクは「中」をとって日本ブランドに決めたが、倉庫に在庫があれば翌日納品と聞いて、その日はとりあえず撤収した。 ■いきなり谷底に その数日後、北部に取材に行く仕事が入った。いよいよタイヤ購入だ。ところが、それに合わせたかのように、我が家の日本メーカー製プリンターがウンともスンともいわなくなった。「おい○×△、ちゃんと働け」と、そのメーカーの社長名で叱咤したが、やはリだめだ。 修理にいくらかかるかわからない。それにクルマはタイヤ1本では走れない。1本でも少ない3輪トラックのオーナーが羨ましい……。 そんなわけで日本メーカーは諦め、80ユーロの韓国メーカー製にすることにした。欧州系自動車メーカーの指定タイヤにもなっているブランドだから、品質的にも申し分ないだろう。 さっそく例のタイヤショップに赴くと、再び社員がパソコンを叩き始めた。ところが「おっと残念。韓国製売り切れちゃった」と言うではないか。次に安い日本製も既にボクのクルマのサイズは品切れという。 社員いわく、冬用タイヤはどのメーカーも多品種少量生産なのだそうだ。「安いのから出てっちゃうんだよ」。狙いどきは、10月だという。 もはや残っているのはドイツブランドで、いずれも4本で9万円近い。それじゃせっかく仕事に行っても、ボクの原稿料などふっ飛んでしまう。 市内にある他のタイヤ店をまわっても、どの店も残っているのは高級ブランドばかりだ。いきなり谷底に突き落とされた気分になった。 ■後光が差した! そんなとき、1軒のタイヤ店を思い出した。街道を往来する人々を何百年と眺めていたであろう煉瓦造りの建物である。 にもかかわらず、妙に真新しい看板が掛かっている。そのアンバランスさで、ボクは覚えていたのだ。 訪れてみると、その看板には「イル・ゴンマイオ」と書いてあった。タイヤ屋という意味だ。なんともベタなネーミングである。中で働いていたのは、1人の若者だった。 恐る恐る「予算、あまりないんですけど」と告げる。するとどうだ。「いちばん安いのは、80ユーロのがあるよ」と言うではないか。 小さな店を侮ってはいけない。今度は韓国ではなく、インドネシア製だったが、ボクはそれに決めた。 ジャンルイージというその若者は、以前は他のタイヤ店で働いていたのだが、昨年この工房を前オーナーから居抜きで手に入れたのだという。 現在30歳。さきほどのベタなネーミングも、きっと独立準備に奔走するうちに洒落た名前をつけ忘れてしまった結果だろう。 外したタイヤ4本の保管も、年間10ユーロでやってくれるという。日本のタイヤショップでは7000〜8000円掛かるのを考えると格安だ。我が家の物置は狭いし、ご祝儀ということで、ボクはタイヤを預かってもらうことにした。 若者に後光が差していた。だが、預かってもらったタイヤをふと見ると、でかでかとAKIOと書かれているではないか。きっとジャンルイージは、苗字か名前かわからなかったのだろう。 春が来たらボクは自分の名入りタイヤで、少なくとも数キロを走ることになる。 ■収入と雪溶け、時間の勝負 不思議なもので、冬用タイヤを装着すると、急に世界が広がる。イタリアに住んでから一度も行ったことがないスキー場へも、これなら安心だ。 スイスの山岳地帯に住む友人家族の顔も浮かぶ。待てよ。今やエストニアの先のロシア国境まで、パスポートチェックなしでひた走れる。昨年12月、EU圏内の国境検問簡略化エリアが広がったためだ。 ただし、例のプリンターが命尽き果て、買い替えを余儀なくされることになった。これで遊びに行ける余裕は消えた。 次の収入と雪溶けは、どちらが早いか時間の勝負である。 「ヨーロッパじゃ冬用タイヤ履いただけで、こんなに夢が広がるとはなあ」。そう取り繕う筆者に、雪景色の中で聴くべくユーミンのCDを引っ張り出していた気の早い女房は、あからさまにムッとした顔をした。 プロフィール
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