◇国内各紙は分析や解説に力を注ぐ
予想はしていたが、ウオッチしにくい週にも巡り合う。テーマを絞ってみても、主張の違いが判然としない。中国製冷凍ギョーザが世情をにぎわしているではないか、という声が返ってきそうだ。毒物混入の詳細がまだはっきりしていない段階で、社説として「徹底解明を急げ」と書いたら、あとは次なる展開を静観するしかない。
目先を変え、米大統領候補者選びを題材に日米新聞の当世社説事情に光を当ててみる。先週の「スーパーチューズデー」で指名候補者選出は天王山を迎えた。
民主党ではクリントン、オバマ両氏が相譲らず、共和党はマケイン氏が指名に近づいた。特に民主党は「女性初」「黒人初」の大統領の可能性を秘めているだけに前例のない熱気だ。
7日の各紙社説はいっせいに候補者レースを取り上げた。見出しを一覧してほぼ予想がつくように、解説・分析に力を注いでいる。「出口の見えない行き詰まり感が米社会に広がる。閉塞(へいそく)を打破する変化をどの候補が作り出せるかの戦いになってきた」(毎日)「保守陣営が結束できるような新しい理念とは何なのか、まだ混迷と模索が続きそうだ」(朝日)「両党の事情は米国政治の変化の予兆のようにみえる」(日経)
候補者への注文としては「グローバルな課題に『ブッシュ後』を狙う候補者はどう取り組もうとしているのか。注視したいのは政策論議の中身である」(読売)などだ。
おひざ元の米国の新聞はどうか。試みに、パソコンでニューヨーク・タイムズ電子版を開き「政治」をクリックする。画面下の方に政治家、俳優、知事、ミュージシャンの集合顔写真と各紙の題字が載っている。キッシンジャー元国務長官の顔をクリックすると支持「マケイン」とある。俳優のシルベスター・スタローンも「マケイン」だ。
新聞の題字をクリックすると、ニューヨーク・タイムズは「民主党クリントン、共和党マケイン」、シカゴ・トリビューン「オバマ、マケイン」、ロサンゼルス・タイムズ「オバマ、マケイン」と支持候補名が表示される。
ちなみにカリフォルニア州で発行する18の新聞のうち民主党支持候補ではオバマ16、クリントン2の内訳だ。ことほどさように米紙の社説は候補者名をはっきり挙げて支持を表明する。なお今週候補者選びのある首都ワシントンのワシントン・ポストはまだ支持者名を明らかにしていない。
◇8割「影響受けず」
ニューハンプシャー州にある「コンコード・モニター」という地方紙は、昨年12月22日「ロムニーを支持しない」という社説を掲げた。その後の展開から察するに、抗議が殺到したようだ。同31日付で「なぜそういう結論を出したか」の経緯を説明する記事を載せている。要旨は以下の通り。事前に両党の候補者のほとんどに直接会って話を聞いた。その中身を論説委員が議論したうえで出した結論だ。社説の目的は、公共の問題に意見を提示することだ。選挙ほど重要な公共の問題はない。
米国の世論調査機関によると、投票の際新聞の社説の影響を受けたかの問いに、8割以上は「まったく受けなかった」と答えている。それでも懲りずに米紙が選挙社説を掲げ続けるのは、地域社会でのオピニオン・リーダーとしての責務とみる伝統があるようだ。
米国で唯一の全国紙「USAトゥデー」は、そもそも社説がない。従って支持候補も表明していない。その理由について、同紙は「だれに投票すべきかを書くのは時代遅れだ。新聞の役割は指図することでない」と記している。概して、英米の新聞は支持候補をはっきり書き、独・仏の新聞は政党支持を打ち出すものの、個人名まで踏み込まない傾向が強い。
◇新聞に禁止規定ない
お国変われば新聞の作り方も違う。とはいっても、日本の法律は公職選挙法を含め、新聞が支持政党や個人支持の表明を禁じているわけではない。ただ、公共の電波を使う放送に対しては、放送法で「不偏不党」を規定する。極端な言い方をするならば、わが国の新聞でもアメリカ流社説スタイルは可能なのである。
新聞各社は独自の憲章や編集綱領を設け、その枠内で取材活動や言論活動を行っている。自由民権運動盛んな明治期は政論新聞が主流だった。毎日新聞に限っていえば、大正期から特定勢力を支持するような報道、論調から離陸し「あらゆる不当な干渉を排して編集の独立を守る」(編集綱領)ことを基本に据えている。
特定候補を支持すると、日常の取材活動まで国民から色眼鏡で見られかねない。失うものは大きく、全国紙がこのリスクを受け入れるには相応の覚悟が必要となる。今のところ、選挙報道やその社説は政策の評価が中心で、読者が判断するうえでの材料提供に主眼が置かれている。
多元化、多極化、多様化が昨今のキーワードである。新聞の作り方も少しずつ変化しているし、主張もまたしかり。近い将来、わが国にも「○○候補を支持する」という社説が現れても驚くに当たらないが、論説会議で一本化できるかどうかは別問題だ。【論説委員・近藤憲明】
毎日新聞 2008年2月10日 東京朝刊
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