大相撲時津風部屋の力士、時太山(ときたいざん)=当時(17)、本名斉藤俊(たかし)さん=が暴行を受け急死した事件は当初、愛知県警が検視や司法解剖をせずに病死と判断し、批判を浴びた。警察庁は全国の警察本部に検視を行う検視官の増員を通達しているが、検視官不足に加え、解剖を実施する法医学者も足りず、十分な体制を取る予算もない。愛知県警の不手際にとどまらず、死因究明の在り方が問題となっている。
斉藤さんのように、医師の診察を受けずに死亡し、警察に届けられた遺体は「異状死体」として扱われる。犯罪性が疑われれば「刑事調査官」と呼ばれる検視官が現場に赴いて遺体を調べ、必要なら大学病院などで司法解剖を実施する。
検視官は昨年四月現在で百四十七人。一方、警察が昨年扱った異状死体は十五万四千五百七十九体あり、検視官の臨場率は11・9%にすぎず、多くは警察署の刑事が遺体を調べている。
検視官は捜査経験十年以上で、警察大学校で法医学を学んだ捜査官の中から任命されるが「専門知識を持つ検視官の養成も一朝一夕にできない」(警察庁幹部)のが実情だ。
その検視ですら遺体の表面を観察するにすぎない。死因をきちんと究明しようとすれば司法解剖が必要だが、昨年実施されたのは五千九百一件。異状死体全体のわずか3・8%だ。
事件性は明確でなくとも死因不明の場合などに実施される行政解剖や、遺族の求めで行われる承諾解剖を含めても解剖率は9・5%で、先進国中、最低レベルという。
しかも日本の場合、行政解剖を専門的に行う監察医制度がある地域とない地域で解剖率の差が大きく、最高は神奈川県の28・1%で、最低は埼玉県の1・6%。同じ異状死体でも、どこで見つかるかで扱いが大きく異なるのが現状だ。
法医学者は「解剖率が低い地域では正確な死因も分からず、殺人が見逃される確率が高い」と指摘するが、そもそも解剖を行う法医学者も足りない。日本法医学会の認定医が百十九人と少なく、法医学が専門の解剖医がいない県すらある。
現在、警察庁刑事局の予算は年五十億円とされており、うち司法解剖のための費用は九億円だ。昨年、民主党が提出した「検視見直し法案」では、設置を目指す解剖専門機関の運営費を年三十四億円と算出しているが、警察庁幹部は「警察だけでは九億円を倍にするのも不可能」と話す。
警察庁は厚生労働省や法務省との連絡会議を設けたが、方向性は見えてこない。捜査現場では「予算の範囲で解剖を実施している面もある」との声も聞かれる。
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