■コンテンツをマス展開する“テレビ2.0” |
――吉田さんとしては「アイドリング!!!」がそういう実験の場であるという考えですか?
「テレビ2.0」という考え方があります。Webにはホームページがあり、掲示板がありますよね。Web2.0で言えばブログですかね。テレビも送りっぱなしじゃない形、受け手側とどう共有していくか、ということは視野に入れていかなくちゃいけない。それをもし「テレビ2.0」と呼ぶならば、それは送り手と受け手のかかわり合いと、その場の共有の仕方、という意味だと思うんです。受け手自身も参加していくような番組作りですね。
――具体的な方法はありますか?
例えば、うまいラーメン屋って誰がいつどこで調べるんだろう、テレビ局はどうやって調べてるんだろうという疑問があります。それはリサーチャーや放送作家がうまいと思った店を紹介するという個人的なレベルでやってきたのが主なんです。僕はそこに検索を入れようと考えました。検索はそれぞれ必要に応じてやるものですが、それが膨大な数になったとき、そこに意味が出てくるんです。それと同じように、この「アイドリング!!!」ではメンバー9人にそれぞれファンを作ってモバイルやWebから応援していくという仕組みになっています。ファンはそれぞれ自分の好みで応援しますが、数が大きくなった時に必ず流れとか意味が出てくる。テレビ文化って、国民的な人気とか国民的な共有性を期待しているから、入り口は個人でもいいんですが、最終的にはマスに展開していかないとダメなんですよ。
――そのあたり「GyaO」などの動画配信サイトとはスタンスが違いますね。
マスでいくか、それともミクロでも高額でお金を取れるものにしていくのか、どちらかでしょうね。ただ我々のCS放送は有料で、サッカーをはじめとするスポーツ中継など非常に特化した形ですが、10年間続いています。そこに160万人という固定した視聴者の実績があるんです。地上波のマスと、インターネットの人たちとの間を結構研究してきています。そういう意味では「GyaO」などがいろいろ迷ってることの学習は終わってるんです。
▲ 吉田氏によれば、どういうコンテンツを作れば契約者が増えるかといったノウハウはすでに蓄積されているという(撮影:ヤマシタチカコ) |
――フジテレビとしてはインターネットのコンテンツのビジネスは有料でやろうと考えてますか?
そうですね。例えばCSも有料ですし、フジテレビオンデマンドも有料です。やはりコンテンツは有料が基本です。
――それは勇気のある決断ですよね。
みんなタダで配信していますしね。簡単なのは、タレントパワーでお金を得るということだと思います。そうではなく、なぜこれにお金を払うのかというところに至れるかが今後の勝負だと思っています。そのために「アイドリング!!!」の地上波特番とか、あるいは1月から始まった地上波のレギュラー番組を何とかできないかと。これは“地上に開かれたウインドウ”と呼んでいるんですが、窓からちょっとだけ見せれば、窓の中で何かやってるぞ、と気づいてくれるんじゃないか、そして窓の外を通り過ぎる人が1000万人いたとしたら100万人はお金を払って中に入ってくれるんじゃないかと思っています。
――キャスティ(吉本興業とTEPCOが組んだ動画配信コミュニティ)の中井社長は「無料の流れは変わらない」と言っていましたが……。
吉本興業は特殊な存在で、権利者と作り手が合体しています。それは強みでしょうね。しかし、逆にそこが努力しないでいいというか、作ったものを「GyaO」や「Yahoo!」に売ってしまえばいいというのがあります。自分がメディアであるという自覚はないですよね。放送みたいなことをやっていて、パワーはあるけど、やっぱり放送局ではないんですよ。メディアではない、メディアに乗る側なんです。だから彼らにとってはメディアはどこでもいいんです。権利者ですから。
――視聴者側からすればインターネット=無料というイメージが強いと思いますが、有料化して大丈夫なんでしょうか。
現状、CS放送にしろスカパーにしろ、視聴者はお金を払って見ていますよね。番組に対してお金を払うという意識は、この10年でずいぶんと変わってきました。ただ、個別の番組にお金を払うかどうかは、これからの勝負です。
――そのへん、勝算はありますか?
コントは非常に分かりやすいですね。DVDで売れるものは、お金払ってでも見たいっていうことですし。
――つまり、ある程度DVDの購買層とマッチングしていれば有料にしても成立するということですか?
そう思います。ただ、DVDは保有したいっていう所有欲がありますね。配信の場合は所有欲ではないですね。動画配信は時間を買うというか、見たい時に見れる利便性が大きいですよ。
■注目されるフジテレビの動向 |
――今、いろいろなところで実験段階っていう印象を受けます。
「アイドリング!!!」を始める時に、僕の同期のCSの小牧部長が僕に要求したことがあるんです。番組を「生で帯でやってほしい」というものでした。これって矛盾した要求なんですよ。今までコンテンツとは映画と一緒で何度も見られる完成度が高いもの、と思っていたけど「生で帯で」は真逆です。だからどんどん供給されていくものに対してお金が取れるのかどうかが我々の挑戦です。
秋元康さんがやっている「AKB48」を僕は尊敬していて、あそこは舞台という実演に立脚したコンテンツという考え方なんです。我々はそこに放送というところから入っている。実演から入るのも正しいけど、もう1つ上のムーブメントにしていくためには、放送ならではの華やかさみたいなものがあったほうがいいと思います。
――そのへんはテレビのお客さんをいかに引きつけるかですね。
そのために「アイドリング!!!」には豪華スタッフをそろえました。「トリビアの泉」「笑っていいとも」のスタッフをはじめ、フジテレビの製作者をすべて入れたみたいな感じですね。そうした人選もあって、その人たちがやるならということで、権利者側が割と気持ちよくOKしてくれたという背景もあります。
▲ 「2カ月、3カ月で結果が出るとは思っていません。「アイドリング!!!」も1年半で結果を出そうと思っています」と吉田氏(撮影:ヤマシタチカコ) |
――インターネットと権利はぶつかることが大きいと思います。「YouTube」などはどういう印象を受けますか?
「YouTube」は便利ですよね。でも作り手や出演者側からすればやっぱり不愉快です。全部にタグがついて、いつでも引き出せるようになっていれば、すごくいいし、理想的だけど「じゃあ誰が公平な立場でやるんだ?」と思います。
“映像版JASRAC”みたいなものが必要な気はします。利用の形態はいろいろあっていいと思います。それで収益が上がるのが条件ですが。「YouTube」みたいなものは、そこから得られた収入が権利者に全く入らないじゃないですか。オリジナルコンテンツをアップしても、すごいねと言われるだけで、なんの収益もないです。場を提供してる人が独り占めしてるだけです。映画だったら、映画館で上映して、作った人に1円も入らないってことはありえない。
――フジテレビとして番組のライブラリ的なコンテンツを作る動きはあるんですか?
それにはまだ機が熟してないと思います。まず1つは、番組単位でのライブラリをどうするか、それから番組内の一部をピックアップするのか、しないのかということ。僕はいずれ、なんらかの形で作っていくべきだと思っています。
――フジテレビは地上波放送とガッチリとリンクしてインターネット事業に乗り出す、というにはまだ時期尚早という感じですか?
まず「アイドリング!!!」で、1月〜3月限定で地上波のウインドウを開いてみて、その上でいろんなところのリアクションを見て、窓を広げるべきかどうか検討していく、という段階です。
■将来、ネット動画は2つのスタイルに分かれる |
――フジテレビのインターネット上での今後の動き、目標を教えてください。
今は「アイドリング!!!」という番組だけなので、番組プラス彼女たちのブログや別なコンテンツを製作しているところです。その周辺も含めた総合的なエンターテイメントコンテンツを作れた人は、形はどうであれ、インターネットの覇者になれると思います。
――総合的なエンターテイメントとは? もう少し詳しくお願いします。
具体的には音楽とかファッションのことですね。「おニャン子」の時がそうでした。歌や実演があって、ふれあいがあって、それから彼女たちが着てるもの、存在そのものが商品になっていく。「アイドリング!!!」でそういうことをやっていきたいですね。
――フジテレビがやるインターネット関連の1つの柱というか、方向性としておニャン子クラブ路線っていうのを考えているんですか?
そうですね。しかし、次はお笑いもやります。笑いってすごくパーソナルかつ大衆的なものだし、人によってすごく好き嫌いが分かれる。だけど、その場にはみんな一緒にいる。たまたま今、お笑いブームで、悪く言えば“かき回されちゃっている状態”で、本当の意味でいいコンテンツを見つけるのは難しくなってしまっている。芸人ブームが終わればいいんですけどね。
――インターネットと地上波を比べて、製作の自由度の違いはありますか?
▲ 演者の権利を尊重する吉田氏は「誰かの犠牲の上に成り立つ産業はよくない」と語る(撮影:ヤマシタチカコ) |
「アイドリング!!!」に関してはあまり意識していないというか、あまり自由にさせてないです。地上波のフィーリングでどこまでできるかが今回のテーマかもしれないですね。だからラジオのように、大物アーティストがここだけの話をするということじゃないんです。その方法論は“あり”だと思うんですけど。
――先ほど言っていた、「お笑いをやる」という時はラジオ的なフィーリングでやるんですか?
それは違います。ただ、笑いは元々毒があるものですし、風刺には笑いが絶対に欠かせません。だけど地上波放送はあまりにも影響力が大きすぎて誤解されやすいので、自粛していました。Webでは、ある程度のレベルでやればいいと思いますけど。
――ネット動画の未来像的なところはどうお考えですか?
ネット動画は2つに分裂するでしょうね。同時にみんなが見ている動画と、パーソナルに見る動画と、二極化すると思います。共有して、みんなで楽しむのと、誰も見てなくて俺たちしか知らないっていう2つあるじゃないですか。テレビの深夜番組やラジオも、昔は俺たちしか知らないっていうものだったんですよ。だけど、どんどんオープンになっていくことによって、夜が明けてきちゃったんです。だから夜をどこに求めるか。それがないと人を引きつけられないと思います。
――それはフジテレビのインターネット事業に関しても、日の当たる部分もあれば、当然夜の部分もあると。
マイナーとメジャーが常に争って、メジャーはマイナーを育て、マイナーはメジャーを倒していくっていう関係ですね。
「深夜で育てて、日の当たるところに持ってきた時にはまた違うものを作っていく」と語る吉田氏。ネット動画で本格的に動き始めたフジテレビだが、そのままインターネットの覇者になれるのか、ほかの放送局ばかりでなく、ネット動画界全体がその動向を見守っている
筆者紹介 石井アキラ いしい・あきら●ブレイン・ワークス所属。本業は編集者。紙媒体やレコードを愛するバリバリのアナロガーだが、映像・音楽・スポーツといったエンターテイメント全般、著作権に関し造詣が深く、それを活かしたライター活動も行っている。デジタル世界でのエンターテイメントの未来、が今後追っていきたいテーマ。 |