この冬、天真らんまんな「ななスマイル」にすっかり魅了されてしまった人も多いのではないだろうか。今シーズンからシニアに参戦し、初出場のグランプリ(GP)シリーズ第6戦・NHK杯(仙台)で3位に入る快挙を見せた武田奈也選手(早大)。愛くるしい表情と、表彰式後の「今日は牛タンを食べに行こうと思っていたのでおいしく食べられそう」というほほ笑ましいコメントは、浅田真央、安藤美姫が女王の座を競い合うフィギュア界で、新たなスターの誕生を予感させた。さらなる飛躍が期待される19歳の奈也の素顔に迫った。【米岡紘子】
◇5歳、佐藤有香選手にあこがれ
将来のフィギュア選手やアイスホッケー選手を夢見る子供たちがリンク上を埋め尽くす明治神宮外苑アイススケート場(東京都新宿区)。1月21日の夕方、奈也は練習の合間に取材に応じてくれた。リンク脇の会議室に入ってきた奈也は、「よろしくお願いします」とにっこり。まさに「愛くるしい」という言葉がぴったりだ。「NHK杯以降、周りの反応もだいぶ変わったのでは?」と尋ねると、「リンクで滑っている時に声をかけられたり、ファンの人からお手紙が届いたりしてうれしいです」。そして「(お手紙は)ちっちゃい子も多いですね」と目を細めた。
奈也も「ちっちゃい子」だった5歳の時、スケートを始めた。94年に幕張メッセ(千葉市)で開かれた世界選手権で、佐藤有香選手が日本人として2人目の世界女王に輝いた姿をテレビで見たのがきっかけだった。「私もやりたい」。親にねだり、次の日には近くにあったスケートリンク「新松戸DLLアイスアリーナ」(千葉県松戸市、現在閉鎖)の氷上に立っていた。
奈也はその日のうちに滑ることの楽しさに魅了された。週に1回、練習に通うたびに滑れるようになるのが楽しくて、遊びながら練習しているうちにぐんぐん上達。小学校1年生の時、全国から選手が集まる小学校低学年の大会で3位に入った。
「次は1位になりたい」。それから、スケート漬けの日々が始まった。小学5年の時には、全日本ノービス選手権Bクラスで優勝。日本橋女学館高1年の時に国際大会「ジュニアグランプリハルビン杯」で初優勝。そこからは「全日本の仲間入り」だけを見据えて努力を重ね、高校生活最後の昨シーズン、7回目の全日本ジュニア選手権で頂点に。早稲田大1年となった今シーズン、ついに“シニア参戦”となった。
◇大人への階段
今シーズン、奈也はコスチュームをガラリと変えた。昨シーズンまではノースリーブが多く、色もピンク色など元気なイメージのものが多かったが、シニアに舞台を移したことで「大人っぽさ」を意識。SP、フリーともに長袖にし、曲がタンゴのSPは、ところどころオレンジ色が透ける黒が基調のデザインに。フリーは薄紫色のしっとりとした印象に仕上げた。髪形も、これまでのキュートさは残しながらも、昨シーズンより少し伸ばした。
もちろん、変化したのは外見だけではない。練習に対する意識も、技術も、大きな成長を見せた。今シーズン、課題の一つに掲げたのがフリップジャンプだ。高校生までは苦手意識から気を取られすぎる傾向があったが、「それよりも得意のほかのジャンプを伸ばそう」と考え方を変えた。「その日の課題を達成するまで集中してやる」と決めたことが「相当練習した」という自信につながり、苦手意識はほとんど解消。今シーズンは失敗覚悟で3回転フリップをフリーの演技に組み込んだ。NHK杯では転倒して尻餅をついたが、その後は伸び伸びと元気いっぱいのスケーティングで盛り返し、精神面での成長も見せつけた。
五輪での活躍が期待される選手が対象の「トップアスリート入試」を受けて入った早稲田大スポーツ科学部での学生生活も、いい刺激になっている。同級生には、卓球の福原愛選手をはじめ、各競技の日本トップレベルの選手がひしめく。「新体操の子に太らないコツや柔軟体操のポイントを聞いたりできるし、いろんなことを聞けるのがすごく楽しい」。大学で過ごす時間は、刺激を受けると同時に、リフレッシュできるひとときでもある。
◇挑戦者の気持ちを忘れず
「奈也」と書いて「なな」。小さいころは、どの大会に行っても「なやさん」とアナウンスされた。今や、一般の人も間違えることはほとんどない。それぐらい「武田奈也」の名は広くお茶の間に浸透した。
アイスクリーム、最近は特にちょっとリッチなアイスが大好きで、土日のどちらかは1週間に1度だけ食べてもいい「アイスの日」と決めている。同じく大好きなチョコレートも、ニキビを気にして「友だちと半分こ」し、練習の合間はロッカールームで「ニンテンドーDS」に熱中。家では、小学1年生の時から飼っているカメの「かめきち」にエサをやり、毎日違う入浴剤を入れてお風呂でリラックスタイムを過ごす。素顔の奈也は、どこにでもいる19歳だ。
長い手足を生かしたダイナミックな演技は、スマイルと並び大きな持ち味。シーズン当初167センチだった身長は、さらに1センチ伸びた。これからのオフシーズン、「まだ本格的にやったことがない」というバレエも練習に取り入れ、表現力にも磨きをつけるつもりだ。来シーズンはシニア2年目となるが、あくまで「挑戦する気持ちは変わらない」。ジャンプの確実性を高め、ミスを減らし、精神面でもさらに強くなる。グランプリシリーズでもNHK杯に続く二つ目、三つ目のメダルを狙いにいきたい。
フィギュアの魅力を尋ねると「たくさんのお客さんが応援している前で滑り、そこでいい演技ができた時はお客さんもわーっとなる。それがすごく気持ちいい」という答えが帰ってきた。NHK杯でその醍醐味を存分に味わった奈也。より伸びやかに、より美しく氷の軌跡を描いていくだろう。
2008年2月9日