被害児童を責める社会日本のNGO「ECPAT/ストップ子ども買春の会」共同代表の宮本潤子氏は、児童ポルノによる被害は次の三層に分かれていると指摘する。 [1] 製作被害(製作過程で撮影された児童が受ける肉体的・精神的被害) そして宮本氏は「被害防止策は動き出してきたが、日本で最も遅れているのは、被害者へのケア」と指摘する。 性犯罪が他の犯罪と異なる点は、被害者が訴えにくいことだ。背景には「被害者にも落ち度があった」といった社会的な偏見の強さがある。児童買春の場合はなおさら声を上げづらい。筆者が『毎日新聞』で「魂の殺人〜児童ポルノとネット社会」を連載した際にも、読者から「レイプではなく自分で援助交際しているのに、どこが『魂の殺人』か」といった反響があった。 こうした意識こそが児童ポルノを蔓延させる土壌を生み出してはいないか。性虐待の場面を映したものが多い米国などと比べ、日本の児童ポルノの特徴は児童買春による画像が多いことだと言われる。児童買春・児童ポルノ禁止法は買春や画像の撮影などを「児童の権利を著しく侵害する」行為と定めているが、法の精神は浸透していない。 子どもたちの判断力は未熟だ。出会い系サイトにアクセスする子の多くは孤独で、誰かとつながりたいという思いがある。買春被害は「非行」と扱われがちだが、そこに至るまでに性被害や性虐待に遭い、自分の性を大切にできなくなっている子も少なくない。 全国性暴力被害者相互支援グループ「野の花」には性犯罪に巻き込まれ、写真や映像を撮られてしまった子からの相談が多く寄せられている。同会は言う。「写真や映像を撮られてしまった被害者は一生、恐怖と屈辱から逃れられません。写真がネット上に流れ、見知らぬ人から付きまとわれたり、自殺を考える被害者も少なくありません。児童ポルノは『ポルノ』などではなく、犯罪や虐待の現場を永久に残した、心をずたずたにする残酷な凶器です。名前も顔も出せずに苦しんでいる、大勢の被害者を助けてください」 何が必要なのかようやく日本にも開設したホットラインセンターを有効に活用するためにも、多国間のネットワークに加入し、より迅速に摘発、削除できる体制の構築が必要だ。画像を発見してもネット上からいつまでも消えなければ、善良なユーザーの通報意欲は萎えてしまう。 再犯防止も課題だ。出所後も職がなく、結局また児童ポルノに手を出す常習犯もいる。海外では受刑者に児童買春やポルノが虐待であることを気づかせ、性的行動を変えるようカウンセリングが行われている。子どもを危険から遠ざける対策も急がれる。出会い系サイトなどの有害情報を排除するフィルタリングソフトが開発された。11月、総務省が携帯3社に普及を要請したが、さらなる後押しが必要だ。 法律的にも課題がある。「単純所持」と「アニメ」だ。小1女子誘拐殺人事件が起きた奈良県が全国で唯一、13歳未満の児童を映したポルノ画像の単純所持を禁じている。また摘発を逃れるため、過激な性描写の媒体はアニメやゲームに移行してきた。特定の被害者がいない点で画像とは一線を画しているが、カナダでは最近、日本の漫画が児童ポルノとして摘発されている。 これらの法的問題は常に「子どものモラルこそ問題」とする保守系と、「一方的に画像を送りつけられることもあり、冤罪の温床になる」という革新系、そして「マニアをみな犯罪予備軍と見るのは偏見」というマニアからの強い反対を受け、被害児童はその谷間に置き去りにされてきた。バーチャルな世界で欲望を膨らませたマニアが殺人まで犯していることは重い現実だ。さまざまな人権が絡み合うからこそ、いま何をどう守るべきなのか、論議を尽くす時期に来ている。 インターネットが犯罪を助長しているのは事実だ。しかし、取材して考えたのは「犯人」を技術だけにしていいのかということだ。性をタブー視する風潮こそが被害者への偏見を生み、子どもの訴えを黙殺し、性犯罪者が次の犯罪を行いやすい土壌を築いている。 匿名性の中で人間の暗部を増幅させるインターネット。児童ポルノという犯罪が映し出すものは、この社会の「性」と「子ども」へのまなざしそのものである。
情報提供:中央公論新社
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