犯罪者が起訴を逃れるために、精神異常を装う例は少なくない。〇一年六月、大阪教育大学附属池田小学校に包丁二本を持って侵入し、児童八人を殺害、児童一三人と教諭二人に重軽傷を負わせた宅間守元死刑囚がその典型的なケースである。逮捕当初、宅間は精神障害を装う言動をくり返した。実際、事件前から精神科への通院歴があり、その過程で、精神障害を装えば刑事事件で責任能力を問われないことを学んだものとみられる。 八一年三月、宅間は初めて精神科を訪れ、重度の神経症と診断された。その後自衛隊に入隊し、除隊後の八四年一一月に大阪市内で婦女暴行事件を起こす。翌月、自ら精神科を受診、病名が統合失調症に変更され、兵庫県伊丹市内の病院に入院する。このとき、宅間は院長にこうたずねている。 「ここに入院している患者は、人を殺しても物を盗んでも、責任を問われないのか」――この発言の真意について、捜査段階での精神鑑定を担当した樫葉明医師は〈あの時、『事件を起こしても、精神病院に入院すれば捜査から逃れられる』と確信したに違いない。後の彼の犯罪につながる詐病の原点〉と指摘する(読売新聞〇三年八月二三日付)。 供述によれば、宅間は、八四年に婦女暴行事件を起こした際、刑事訴追を逃れるために病院での診察で精神病を装った。その二年前に起きた羽田沖日航機墜落事故で、「逆噴射」などの異常な操縦をした機長が精神病を理由に不起訴になったことが、詐病を思いついたきっかけだという。この婦女暴行事件では、簡易鑑定の結果、責任能力があるとして起訴され、懲役三年の実刑判決を受けたが、その後は詐病がまかり通ってゆく。 九九年三月、伊丹市内の小学校で薬物混入事件を起こした宅間は、逮捕直後から不眠を訴え、統合失調症の疑いで措置入院、結局、起訴を免れている。同年九月には、住居侵入容疑で伊丹署に逮捕されたが、これも精神病を理由に不起訴処分に。いずれも精神障害を装っていたことが判明している。
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