今週の必読・必見
日本を読み解く定番論争
日本の論点PLUS
日本の論点PLUSとは?本サイトの読み方
議論に勝つ常識一覧
執筆者検索 重要語検索 フリーワード検索 検索の使い方へ
HOME 政治 外交・安全保障 経済・景気 行政・地方自治 科学・環境 医療・福祉 法律・人権 教育 社会・スポーツ
議論に勝つ常識
2007年版
[犯罪者の詐病について基礎知識]
[基礎知識]精神鑑定はどこまで信用できるか?


全2ページ|1p2p
「日航逆噴射事件」が詐病のヒント
 犯罪者が起訴を逃れるために、精神異常を装う例は少なくない。〇一年六月、大阪教育大学附属池田小学校に包丁二本を持って侵入し、児童八人を殺害、児童一三人と教諭二人に重軽傷を負わせた宅間守元死刑囚がその典型的なケースである。逮捕当初、宅間は精神障害を装う言動をくり返した。実際、事件前から精神科への通院歴があり、その過程で、精神障害を装えば刑事事件で責任能力を問われないことを学んだものとみられる。
 八一年三月、宅間は初めて精神科を訪れ、重度の神経症と診断された。その後自衛隊に入隊し、除隊後の八四年一一月に大阪市内で婦女暴行事件を起こす。翌月、自ら精神科を受診、病名が統合失調症に変更され、兵庫県伊丹市内の病院に入院する。このとき、宅間は院長にこうたずねている。
「ここに入院している患者は、人を殺しても物を盗んでも、責任を問われないのか」――この発言の真意について、捜査段階での精神鑑定を担当した樫葉明医師は〈あの時、『事件を起こしても、精神病院に入院すれば捜査から逃れられる』と確信したに違いない。後の彼の犯罪につながる詐病の原点〉と指摘する(読売新聞〇三年八月二三日付)。
 供述によれば、宅間は、八四年に婦女暴行事件を起こした際、刑事訴追を逃れるために病院での診察で精神病を装った。その二年前に起きた羽田沖日航機墜落事故で、「逆噴射」などの異常な操縦をした機長が精神病を理由に不起訴になったことが、詐病を思いついたきっかけだという。この婦女暴行事件では、簡易鑑定の結果、責任能力があるとして起訴され、懲役三年の実刑判決を受けたが、その後は詐病がまかり通ってゆく。
 九九年三月、伊丹市内の小学校で薬物混入事件を起こした宅間は、逮捕直後から不眠を訴え、統合失調症の疑いで措置入院、結局、起訴を免れている。同年九月には、住居侵入容疑で伊丹署に逮捕されたが、これも精神病を理由に不起訴処分に。いずれも精神障害を装っていたことが判明している。


簡易鑑定は一度面接するだけ
 刑事精神鑑定は、裁判官の命令によって公判の過程で実施される正式鑑定と、簡易鑑定のように検察官の判断で起訴前に実施される起訴前鑑定に分かれるが、正式鑑定が診断に二、三カ月を費やすのに対し、簡易鑑定では精神科医が被疑者に一度面接しただけで結論を下さなければならない。宅間の場合がそうであったように、起訴前の簡易鑑定で誤りが頻発しやすいのはそのためだ。
 専門医の鑑定といっても、外科や内科系の病気と違って、つねに同じような診断結果が出るとは限らない。たとえば幼女連続誘拐殺人事件で逮捕された宮崎勤は、これまで三度精神鑑定を受けているが、そのたびに「人格障害」「多重人格」「統合失調症」と、異なる診断が下された。当然、責任能力についても異なる見解が示されたのである。
 なぜ、このような事態が起こるのか。精神科医の香山リカ氏は理由の一つとして、精神医学界に世界標準化(アメリカ化)の波が急速に押し寄せてきたことをあげる。〈目の前にやって来た患者には、とにかく「DSM」というマニュアル式の診断基準に基づいて細分化された疾病名とコードが与えられる。(中略)しかし、宮崎被告のように環境的な因子と個人的な因子の双方が複雑に絡み合って、いわゆる“心の闇”を形作っており、それがどれほど時代とリンクした普遍的な問題なのかという点に社会が強く関心を持っているケースでは、「診断○○、責任能力はあり(あるいはなし)」とはっきりした答えが出ないのはむしろあたりまえなのである。その意味で、私はこの裁判の精神鑑定の問題は、結果が三つに分かれたことではなく、むしろそれぞれの鑑定医が――しかも自分の得意とする領域にひきつけるがごとく――診断をひとつに絞ろうとしたことにこそある、と思っている。そしてもっと言えば、これは「精神医学におけるグローバリゼーション(アメリカ化)」の問題でもあるのだ。おそらくこの事件が実際よりさらに一〇年前に起きていたら、鑑定者たちは「統合失調症だ」「いや多重人格だ」といった“診断名あてゲーム”に走らずに、宮崎被告の心の奥をもっと緻密に描写し、考察することに情熱を傾けたのではないだろうか〉(「創」〇六年三月号)


次のページへ

全2ページ|1p2p



論 点 犯罪者の詐病は見破れるか 2007年版

私の主張
裁判員たちよ、奸知にたけた輩の詐病に惑わされることなかれ
佐木隆三(作家)


▲上へ
Copyright Bungeishunju Ltd.