岩手県奥州市の黒石寺(こくせきじ)蘇民祭(そみんさい)が13日夜〜14日明け方に開かれる。「胸毛がセクハラ」とJR東日本がポスター掲示を拒否し、東北の奇祭は一躍注目の的になった。どんな祭りで、地元への余波は?【石川宏】
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説話に基づく祭りのいわれはこう伝えられている。
昔、旅人が一夜の宿を求めたところ、裕福な弟は断ったが、貧乏な兄の蘇民将来(しょうらい)は喜んで引き受けた。旅人は恩義を感じて蘇民将来と子孫に疫病よけをもたらした−−。中国伝承とされ、各地に伝わる。土地ごとに旅人は異なり、黒石寺では薬師如来だ。
下帯姿の男たちが奪い合う蘇民袋には「蘇民将来子孫門戸也」と書かれた小間木(こまぎ)と呼ばれる数百の木片が入っている。小間木と袋は、蘇民将来の子孫を証明する護符なのだ。
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黒石寺の女性住職、藤波洋香さん(55)は騒動に腹立ちを隠せない。「胸毛の何が悪いんですか。何も知らない都会の娘に『けがらわしい』だの『気持ち悪い』だの言われる筋合いはありません」
薬師如来の加護を受けるには、身にけがれがあってはならない。男たちは1週間前から肉や魚、卵、乳製品、ニラ、ニンニクなどを断つ。肉や魚を調理した火で沸かしたお茶すら飲めず、コンビニ弁当も食べられない。
祭りは旧暦正月7日(今年は2月13日)夜から8日朝にかけ夜通し続く。午後10時に裸参りをした男たちは、雪解け水が流れる境内の瑠璃壺(るりつぼ)川で身を清める。続いて2メートル以上に積み上げた井桁(いげた)に火を付け、男たちは火の粉を浴び、気勢を上げる。争奪戦は午前5時ごろ始まり、蘇民袋を離さなかった男が取主(とりぬし)と呼ばれる勝者となり、同7時ごろ決着がつく。
「怖い? 気持ち悪い? ええそうでしょうよ」。ポスターのモデルで、同県花巻市の会社員、佐藤真治さん(37)はおうように受け止めている。「肉も魚も食べず水責め火責めにあい、身も心も限界に近い状態がポスターの写真。普段の穏やかな姿と違いますから」
04年に取主になった佐藤さんは、05年から祭りを運営する世話人の見習いになった。父寛治さん(59)も75年の取主で、今は世話人。地元では知る人ぞ知る親子である。
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セクハラ騒動で市役所の電話は鳴り続け、普段は1日50件の寺のホームページのアクセスが報道当日は1万件に達した。「PRになった」。市役所はホクホク顔だが、藤波住職は戸惑う。
「参拝してもらう方が増えるのはいいが、祭りの本質や信仰とは全く関係ない興味本位の人が増えるだけ」
争奪戦は当日、境内で登録すれば参加できる。ただし、1週間の精進潔斎は忘れてはならない。生半可な参加者は殺気立つ男たちにたたきのめされること必至なので、覚悟のうえでご参加を−−。
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