◎手術前にHIV検査 やむを得ない二次感染防止策
率直にいえば、まことに厄介な時代になったものだ。金大附属病院がこのほど北陸の病
院では初めて手術患者全員を対象に手術する前にエイズウイルス(HIV)感染の有無を調べることに踏み切った。同様の措置を取っている病院は大都市を中心にここ一、二年で増えているといわれる。
〇六年末の感染者と患者が全国で一万二千三百九十四人で、十年前の四倍以上になり、
献血の際にも感染が見つかるケースも絶えないことを考慮すると、手術中に医師らが二次感染を防ぐために、やむを得ない自衛措置だといわねばなるまい。
金大病院ではいまのところ協力を拒む患者がいないというのが救いであり、B、C型肝
炎などの検査もまとめて行い、病院が費用を負担しているという。
手術前、問診等により感染の有無を確認するのが一般的だが、患者に感染の自覚がない
と事実を把握できないなど問診には限界があり、執刀医が誤って患者の血液がついた針で自分を刺すなどの事故が起きることもあるそうだ。
そうした場合、感染の恐れがあり、二時間以内にウイルスの増殖を抑える薬を飲む必要
があるといわれる。手術前に検査で有無を確かめておくとあらかじめ服用する薬を用意しておくことができ、医師への感染が防止できる。
HIVに関して、「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律(エイズ予防法)」があ
るが、医師を二次感染から守るための項目がない。あるのは感染者や発病者の人権に配慮しながら、医師が国や地方公共団体が講ずる施策に協力し、その予防に寄与しなければならないという義務ばかりといってよい。
金大病院の場合、外科医が病院側に要望して実現したそうだが、医師らの困惑を語るも
ののようにも思われる。もちろん、医師にはHIVに限らず、いろんな感染症についての知識や予防法を身につけ、感染症が広がらないように努める義務がある。医師自身が感染症の媒介となる可能性もある。自らを確実に守る手立てを持つことも非常に重要だ。
感染者や患者の人権への気配りとともに他の病院や診療所、あるいは歯科なども金大病
院に足並みをそろえる必要が出てきたのではないか。
◎激減の日本人船員 海洋国の心もとない現実
外航の日本人船員と日本籍船が激減しているため、政府がようやく対応策に本腰を入れ
始めた。海上運送法を改正し、日本人船員と日本籍船を増やす外航海運会社の法人税を減税する措置などを導入する方針という。一部の企業だけを対象にした優遇税制に疑問を呈する向きもあろうが、安全保障の観点から理解したい。
国内の外航海運会社の船員は、人件費の安い外国人に極度に依存しており、一九七四年
のピーク時で約五万七千人を数えた日本人船員は、〇六年で約二千六百人と大幅に減少している。海上輸送に従事する日本商船の船員の90%以上は外国人という状況なのである。さらに、所有船舶のほとんどはコストのかからない外国に登録され、〇六年で約二千二百隻の船舶のうち、日本籍はわずか九十五隻に過ぎないという。
合理的な経営を追求した結果とはいえ、海洋国家としては大変心もとない状況である。
エネルギー資源と食糧の大部分を輸入に頼る日本にとって、海上輸送の安定は死活的に重要であり、経済だけでなく安全保障の問題としてとらえる必要がある。いざというとき、外国籍の船舶を日本籍に移すことは比較的短期にできるとしても、日本人船員の養成、確保は一朝一夕にはいかない。
自国の船員と船舶の確保を安全保障の視点で考えることは、国際的な常識といえ、例え
ば韓国は「国家必須船舶制度」を導入している。国家非常時に備えて、国民経済や防衛に重大な影響を及ぼす物資を輸送する船舶を国家必須船舶に指定する。その船員は韓国人に限定し、外国人船員との給与の差額を国が補助する制度である。米国なども自国商船に対する助成制度を設けている。
今回の海上運送法改正で、海運会社の法人税の課税方式を見直し、船舶の貨物積載能力
に応じて課税する「トン数標準税制」を導入する予定である。これは海運に力を入れる欧米主要国が採用している課税方式であり、海運会社の国際競争力を維持するとともに自国籍船舶を増やす契機になろう。日本人船員の激減ぶりに、このままでは「絶滅」してしまうという声すら聞かれる。そうした事態に至らぬ真剣な努力を政府、海運会社に求めたい。