◇業界「古紙100%は必ずしも…」で不信拡大
大手製紙会社による再生紙の古紙配合率偽装問題は、「環境にやさしい紙を使いたい」という多くの人々の思いを踏みにじった。製紙業界は「古紙100%の再生紙は必ずしも環境に良くない」ことを偽装の理由に挙げた。それでは「環境に優しい紙」とはどんなものかを探った。【足立旬子、山田大輔】
◇CO2、27%減の試算も
「ごみにならず、もう一度利用されることが単純にうれしい」。名古屋市のNPO「中部リサイクル運動市民の会」で古紙などの回収ボランティアをする成沢直子さん(66)は笑顔を見せた。しかし、回収ステーションに古新聞を持ち込んだ50代主婦は「古紙利用が環境に良くないのなら、私たちのやってきたことは何だったのか」と戸惑いを隠せない。
今回の偽装発覚後、業界団体は「古紙100%再生紙は必ずしも環境に良くない」と主張。昨年4月に日本製紙が古紙100%の再生紙製造を中止すると発表した際の論理を持ち出した。
日本製紙の主張はこうだ。古紙100%の再生紙の製造では紙を溶かしたり、インキを抜くなどの工程で、重油などの燃料を使い、工程全体で生じる二酸化炭素(CO2)は、新しいパルプ100%の非再生紙に比べて14%少ない。だが、非再生紙は、木材のチップからパルプを作る際に「黒液(こくえき)」と呼ばれる樹脂成分などが抽出され、バイオ燃料として紙を乾燥させる工程などに使っている。
この時排出されるCO2はもともと樹木が成長の過程で大気中から取り込んだもので、京都議定書の基準では、排出されても大気中のCO2を増加させないとされる。この基準に従うと理論上は、石油など化石燃料の使用に伴うCO2排出量だけを比べると、古紙は非再生紙の約2倍になってしまうという。
安井至・東京大名誉教授(環境科学)は01年、紙について、製造工程に加えて、前段階の原材料調達から流通、廃棄までのトータルの環境負荷を比較した。その結果、CO2排出量は、古紙比率が高いほど少ないという試算結果を得た。古紙100%は非再生紙よりCO2排出が27%少ない。非再生紙の原料となる木材の約70%は外材で、海外からの輸送に膨大な燃料を使うが、再生紙ではこの輸送が必要ないためだ。「最大の環境負荷は森林面積の減少だ」と指摘する。
では、トータルで最も環境にいいのはどんな紙なのか。安井名誉教授は「木の繊維は3回ほどリサイクルできる。森林の減少を少なくし、資源の有効利用の観点からは配合率は70~75%が妥当で、100%にこだわる必要はない」と話す。
◇実態見ず、基準「放置」
古紙偽装が恒常化していた背景には、何が環境に良いのかという本質的な議論をせず、実態とかけ離れた基準を放置してきた官僚や業界の消費者無視の無責任体制があった。
日本環境協会は90年、「エコマーク」を認定する基準としてコピー用紙の古紙配合率を50%と制定。その後、97年に70%、01年以後は100%とした。国も01年のグリーン購入法施行で100%を正式採用した。
同協会によると、01年当時、古紙100%製品は複数の会社が十数銘柄生産していた。「基準づくりには製紙会社にも参加してもらい、原案をまとめて2カ月間、公に意見を求めたが、業界から異論はなかった」と担当者は話す。
業界関係者は「当時は上質の古紙が手に入りやすく、数社が古紙100%製品を作ることが可能だった。だが、現在は中国などアジア諸国の需要が高まり、上質の古紙が確保しにくくなり、大半のメーカーが技術的にもコスト面でも古紙100%製品を作ることが難しくなった」と弁明する。業界では「古紙100%のコピー用紙は、大手では現状で業界トップの王子製紙しか作ることができない」との見方が常識だった。
しかし、再生紙開発にかかわる関係者は「斑点があっても使い道によっては利用可能。品質次第では、今も古紙100%製品を作ることはできる」と反論する。これまで品質に関する議論は行われて来なかった。
グリーン購入法は、環境負荷を把握するために必要なデータを製紙各社に示すよう求めているが、努力義務でしかないため、部分的なデータしか示されなかった。国も、制度を決めただけで、その後は検証する体制すらなかったことが、偽装を見逃す温床になった。
◇再生紙も使用増は×
日本の紙使用量は06年に3154万トンで、米国や中国に次いで3位。1人当たりでは世界7位の247キロで、80年の1・6倍だ。OA化、IT化が進めば「ペーパーレス」になると期待されてきたが、家庭用の高機能プリンターの普及もあり、コピー用紙などの使用は増えている。
森林保全を訴える国際NPO「FoEジャパン」の中沢健一・森林プログラムディレクターは「たとえ再生紙であれ、使用が増えれば環境にいいはずがない。古紙の配合率も重要だが、紙の使用量そのものを減らす仕組みづくりに取り組む必要がある」と指摘する。
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■ことば
◇再生紙偽装
古紙40%を配合する規定だった年賀はがきが、実際は1~5%しか配合していなかったことが先月9日、発覚。コピー用紙や印刷用紙などでも古紙の配合率表示の偽装が次々と判明し、関与した企業は業界団体「日本製紙連合会」加盟38社中17社と未加盟の1社に上った。国機関などに環境に配慮した製品購入を義務付けた「グリーン購入法」で古紙配合率はコピー用紙が100%、印刷用紙やノートは70%以上などとなっている。
毎日新聞 2008年2月5日 東京朝刊