2008年02月03日

青年漫画[宇宙戦艦ヤマト]

このマンガが読みたい!宇宙戦艦ヤマト



宇宙戦艦ヤマト』(うちゅうせんかんヤマト)は、1970年代に日本で作成された「テレビアニメーション」および、「劇場用アニメーション映画」作品。もしくは、それらに登場する架空の宇宙戦艦の名称、および主題歌(作詞:阿久悠、作曲:宮川泰)のタイトル。英語表記として使われるのは『Space Battleship Yamato』(一時期は『Space Cruiser Yamato(宇宙巡洋艦ヤマト)』ともされた)である。アメリカ及びオーストラリアでは、アメリカで編集された『Star Blazers』というバージョンが先行してテレビ放送されたため現在でもそう呼ばれる場合がある『Star Blazers』は、『宇宙戦艦ヤマト』の映像を使っただけの一話完結作品だったという説がある。詳しくはキネマ旬報95年10月上旬号「日本文化としてのアニメ」を参照。動画サァ
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概要


第1作は1974年に讀賣テレビ放送・日本テレビ放送網で放映されたテレビアニメとして制作された。本作品の設定は(1970年代のアニメーション作品としては)斬新であり、当初すぐには視聴者に受け入れられず、裏番組『アルプスの少女ハイジ (アニメ)|アルプスの少女ハイジ』などの影響もあって視聴率が上がらなかったため、予定の回数を待たずに打ち切られた。しかし、再放送で改めて注目され、人気が急上昇、再編集した劇場映画が公開される頃には社会現象とも言える大ブームとなっていた。その後の『銀河鉄道999』『機動戦士ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメブームの先駆けであり、映画・レコード・小説・漫画・ラジオドラマ・キャラクター商品など、多くの足跡を残した。また、後に磁気テープ#ビデオ用磁気テープ製品|ビデオ・コンパクトディスク|CD・LD・DVD・テレビゲームなどもリリースされている。内容的には、戦争としての戦闘や主人公の成長、人間ドラマなどが多く盛り込まれた連続サイエンス・フィクション|SFドラマであり、一話完結的なエピソードはほとんぁ
I$J$$!#* なお、本作の主役艦である宇宙戦艦としての「ヤマト」については、「ヤマト (宇宙戦艦ヤマト)」を参照のこと。



宇宙戦艦ヤマトシリーズ





[ 劇場映画 ]



  • 宇宙戦艦ヤマト』 1977年公開初回上映された"スターシア死亡編"と1978年のテレビ放送時に一部再編集し、1979年以降の再上映用となった"スターシア生存編"の2編が存在。


  • 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』 1978年公開


  • 『ヤマトよ永遠に』 1980年公開


  • 宇宙戦艦ヤマト 完結編』 1983年3月19日公開一部の劇場ではフィルムが間に合わず20日からの公開となった。初回上映された"35mm版"と宇宙戦艦ヤマト 完結編 "完全版"(70mm版)が存在。"35mm版"のラストで描かれた森雪と古代進のラブシーンを、"完全版"では抽象的なシーンに差し替え。また、一部の地方劇場で『オーディーン 光子帆船スターライト』と併映された"特別篇"(35mm版を短縮したもの)も存在する。


    [ テレビシリーズ ]



  • 宇宙戦艦ヤマト』 1974年10月6日〜1975年3月30日 読売テレビ系 全26話


  • 宇宙戦艦ヤマト2』 1978年10月14日〜1979年4月7日 読売テレビ系 全26話


  • 宇宙戦艦ヤマトIII』 1980年10月11日〜1981年4月4日 読売テレビ系 全25話


    [ テレビスペシャル ]



  • 宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』 1979年7月31日放映 フジテレビジョン|フジテレビ系(1981年に劇場公開)


  • 宇宙戦艦ヤマトII ヤマトよ永遠なれ!(後に『宇宙戦艦ヤマト2 総集編』に改題)』 1979年10月6日  読売テレビ製作・日本テレビ放送網|日本テレビ系(宇宙戦艦ヤマト2|ヤマト2を再編集し、一部音楽の差し替え、アフレコの追加等を行ったもの)


  • 宇宙戦艦ヤマトIII 太陽系の破滅』 1983年12月28日 読売テレビ系(宇宙戦艦ヤマトIII|ヤマトIIIの総集編)



    スタッフ



  • 企画・原案・製作・総指揮:西崎義展


  • 監督:松本零士


  • 構成:舛田利雄、西崎義展、山本暎一


  • 設定デザイン:松本零士


  • 音楽:宮川泰


  • SF設定 : 豊田有恒


  • 監修:山本暎一、舛田利雄、豊田有恒


  • 演出:石黒昇


  • 絵コンテ:安彦良和、富野由悠季|富野喜幸



    主題歌



  • 宇宙戦艦ヤマト」 - 作詞:阿久悠、作曲:宮川泰、唄:ささきいさお、ミュージカル・アカデミー


  • 「真赤なスカーフ」 - 作詞:阿久悠、作曲:宮川泰、唄:ささきいさお、ミュージカル・アカデミー『宇宙戦艦ヤマト』に使用されたオープニング曲は4バージョン存在し、うち2バージョンは、イントロの部分が違うだけでそれ以外は同じなのに対し、あとの2バージョン(イントロが合唱の曲)は、ささきいさおの歌は同じ音源(但し、軽くエコーが掛かっている)だが、コーラスや、曲そのもののミックスが先のバージョンと異なり、またエンディングのコーラス部分(と長さ)やアニメーション、歌詞表記の有無で、2バージョンに分ける事が可能である。『宇宙戦艦ヤマト2』で使用されたオープニング曲は、『宇宙戦艦ヤマト』で使用されたバージョンとほぼ同じで、イントロの部分のサウンドエフェクトのみ異なっている。『宇宙戦艦ヤマト3』で使用されたオープニング曲は、『宇宙戦艦ヤマト2』と同じバージョンながら、最後の部分("銀河を離れ"以降)を、『宇宙戦艦ヤマト』の別バージョンのものと差し替えてミックスした曲で、エンディングも短くなっている。コーラスグループは初回盤ではミュージカル・アカデミーだったが、再販の際にロイヤルナイツ (ボーカルグループ)|ロイヤル・ナイツへと変更された。その後の商品化ではロイヤル・ナイツ版(の『宇宙戦艦ヤマト3』のOP曲)を収録するのが通例となっていた。ミュージカル・アカデミー版は2000年春に通信販売限定で発売された『松本零士音楽大全』で初回盤以来の商品化(初CD化)が実現した。* Star Blazers-Iscandar(Star Blazersの一番最初の主題歌、歌手不明)


  • Star Blazers-Comet Empire


  • Star Blazers2


  • Space cruiser YAMATO(ささきいさお)



    キャラクター






    登場勢力






    メカニック






    ストーリー
    時に西暦2199年、地球は宇宙の彼方の謎の星ガミラスからの侵略を受け、遊星爆弾による無差別攻撃にさらされていた。すでに海は蒸発し尽くし地上の全生命は死滅、残された人類は地上の放射能から逃れるため生存圏を地下に求め、「人類の奴隷化か死か」を要求するガミラスに必死の抵抗を続けていた。しかし圧倒的な科学力の差の前になす術もなく、放射能汚染の進行による全人類の絶滅まであと一年余りと迫る中、最後の地球防衛艦隊が冥王星付近でガミラス宇宙艦隊との交戦により壊滅し、人類生存の希望は完全に潰えたかに見えた。そんな折、遠く離れた星イスカンダル (宇宙戦艦ヤマト)|イスカンダルから救いのメッセージが届いた。そこで人々は、イスカンダルから送られた設計図を元に波動エンジンを製造、それを地球脱出用に極秘裏に改造中だった旧大戦の戦艦大和 (戦艦)|大和に邸
    k:\$7!"D68wB.$G9R9T2DG=$J!V宇宙戦艦ヤマト」を完成させた。地球脱出という目的から放射能除去装置コスモクリーナーD受け取りへと目的の変わったヤマトは、14万8千光年彼方の大マゼラン銀河|大マゼラン星雲イスカンダル星に向けて、最後の希望を託されて発進する。1年以内に帰還しなければならないという状況のもと、ガミラス帝国との壮絶な死闘を繰り広げ、未知なる宇宙空間に翻弄されながら、一路イスカンダル星を目指す。



    放映と影響


    本作品はサイエンス・フィクション|SFロマン作品に分類される。地球の破滅が目前という設定は、当時の公害を始めとした社会不安の反映であり、『日本沈没』の大ヒットやノストラダムスブームなどと同じ基調である。当時のアニメとしては抜きん出たSF性があると評価され、日本SF大会のファン投票で星雲賞を受賞した。スタッフの編成は、企画・原案・製作・総指揮は西崎義展、監督は山本暎一と漫画家でもある松本零士(美術・設定デザインも担当)、チーフディレクターは石黒昇。富野喜幸(富野由悠季)、安彦良和らが絵コンテを担当(富野は1話のみ)。松本のキャラクター原案を元にしたキャラクターデザインは岡迫亘弘。SF設定は豊田有恒。スタッフの多くが虫プロダクションの出身者により占められた。同作品の第一作は、1974年10月6日から1975年3月30日まで26回にわたり讀賣テレビ放送をキー局として放映された。当初は最大39回の放送を予定し、小マゼラン銀河|小マゼラン基地撃破編などの未製作1クール分のシノプシスも用意されていた。しかし、裏番組として『ア\xA1
    %k%W%9$N>/=w%O%$%8 (アニメ)|アルプスの少女ハイジ』および特撮SFドラマ『猿の軍団』も存在し、そのいずれにも視聴率が及ばなかった。そのため、第3クールへの延長は早々に断念され、全26話に再構成の上で製作・放映された。なお、全39話版シノプシスにあった終盤への伏線は第1クール中から既にオミットされている。しかし本放送終了後、全国で行なわれた再放映は好視聴率を得て、全国各地でファンクラブが結成される。プロデューサーの西崎義展がファンクラブにリクエストするよう働きかけたエンディング主題歌「真っ赤なスカーフ」がニッポン放送で1位になる。ニッポン放送では、後にクリスマスシーズンの「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」の発売にあわせて、『オールナイトニッポン』で4時間のスペシャル番組が放送された。アニメ雑誌がない時代において、サブカルチャー雑誌としてスタートした「月刊OUT」が、同人活動を行なっていたファンをライターに起用し、1977年6月号(創刊第2号)でヤマト特宗
    8$r4)9T!#F1G/8月に発売されたテレビランド増刊「ロマンアル\xA1
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    a href="http://a-manga.info/8946928890ED8ACD8384837D8367/">宇宙戦艦ヤマト」のヒットとあわせて、後の「アニメージュ」に繋がるアニメ雑誌の流れを作るとともに、ファンクラブに入ってない層からの多大な反響を得て、ヤマトのブームを決定付けた。映画公開と前後してグッズ類も多数作られ、本作に引き続く形で『銀河鉄道999』『機動戦士ガンダム』が人気を得たことで、ヤマトブームに終わらず、アニメブームの火付け役との評価が定着している。1977年にテレビ放映版を再編集した劇場版『宇宙戦艦ヤマト』が公開。これは、テレビ放映では商業的に失敗に終わったヤマトを海外輸出向けに舛田利雄と山本暎一らの協力で再編集したもので、西崎プロデューサーはこれを最後にアニメから手を引き、ファン向けに1週間だけ劇場公開するつもりだったという。ところが、東急系の劇場4館のみで公開したところ、公開初日から徹夜する人が現れるなどマスコミでも一躍話題になる。日本の映画で初めて徹夜組が出たのはこのヤマト劇場版第一作だと言われてい\xA1
    $k!#$3$NH?6A$K$h$j!"8x3+$OEl1G7O$K3HBg$5$l$F!"A49q%m!<%I%7%g!<$H$J$j!"9億円の配収をあげる。翌年1978年に公開された劇場用アニメ映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 』は劇場用アニメ映画としては日本映画史上記録的な大ヒットで、スタジオジブリが制作した『魔女の宅急便』(1989年)が公開されるまでこの記録は破られることは無かった。低年齢層向けと見られていたアニメが年齢層を超えて楽しめるものと認識されるきっかけを作った映画でもある。また、日本では1978年に公開された『スター・ウォーズ』と並んでサイエンス・フィクション|SFブームの牽引役となった。また、宮川泰によるフルオーケストラ(第1作は正確にはビッグバンド型式)による主題歌(作詞家阿久悠とのコンビ)やバックグラウンドミュージック|BGMも特徴である。大編成のオーケストラの採用は西崎義展の意向とされる。ヤマト以前は予算の制約からそのような例は多くなかった。劇場映画化を期に交響組曲と称する音楽作品が企画され、アニメ発の同次
    o4k2h$N@h6n$1$H$J$C$?!#8=:_0lHL2=$5$l$F$$$k%5%&%s%I%H%i%C%/$bK!
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    制作の経緯


    本作品の著作のクレジットはオフィスアカデミーであり、小説や漫画などの形で先行した、いわゆる原作が存在しない。現在、制作会社等が原作者となるオリジナル作品が多くあるが、本作品はその先駆けである。後の著作者人格権訴訟では「企画書」を原作としている。本作の企画は、瑞鷹|瑞鷹エンタープライズ(当時)でスタートしており、瑞鷹の西崎義展、SF作家の豊田有恒とスタジオぬえのメンバーが参加して練られたものである。テレビアニメ草創期にアニメの脚本を執筆していた豊田は、当時アニメ界から離れていたが、西崎と本作監督の山本暎一の要請に応える形で参加した。豊田を中心とした企画では、小惑星そのものを宇宙船とした岩石宇宙船「宇宙船イカルス」や岩石宇宙船の内部に戦艦が内蔵された「アステロイドシップヤマト」なるアイディアが検討されていた(その名残りが本放映中のアステロイドリングに見られる)。

    宇宙船のデザインは、戦艦三笠 (戦艦)|三笠をイメージして、スタジオぬえの松崎健一が行い、企画書に描いたのは背景監督の槻間八郎だった。豊田は『西遊記』を下敷きにして遠い異星に人類を救う放射能除去装置を取りに行くという基本ストーリーを考案。この段階では敵はコンピュータだった。その後、作家の石津嵐、脚本家の藤川桂介、イラストの斉藤和明、背景美術の槻間八郎が加わり検討が繰り返された結果、敵は異星人となり、放射能汚染された地球を救うためヤマトが放射能除去装置を求めてイスカンダル星を目指すという大筋が完成した。ワープ航法や波動砲というヤマトを象徴するギミックも考案されている。豊田と西崎はテレビ局へ企画を持ち込み、『宇宙戦艦ヤマト』の放映枠は日テレ系の日曜19時半に決まったが、フジ系の裏番組『アルプスの少女ハイジ』が同じ瑞鷹であったため、道義上の問題から本作はオフィス・アカデミーで企画製作を行うこととした。松本零士は、1974年の4月頃デザインのスタッフとして参加依頼を受けた。これは、設定澄
    ):n$NLn:j6U9($N?dA&$K$h$k$b$N$@$C$?!#7k2LE*$K!"%-%c%i%/%?!<$d8D!9$N%9%H!<%j!<:n$j$J$I:nIJ@):n$K?<$/4X$o$k$h$&$K$J$k!#$5$i$K@P9u>:$N%5%]!<%H$r$N;E;v$N$?$a1974年6月末にヤマトから抜けることになったのが理由である。また、松本のオリジナルキャラクターである宇宙海賊キャプテンハーロック|キャプテンハーロックの登場も企画されたが、視聴率低迷の影響で話数が削減され、アニメーション作品には登場していない。ちなみにハーロックは古代進の兄、古代守が正体というのが当初の設定であった。テレビ放映と同時期に、松本零士による漫画雑誌「冒険王」(1974年11月号より)での漫画版や、豊田有恒原案、石津嵐執筆(通称 石津版)による小説版(1974年12月20日初版刊行)が出版されている。松本の漫画や石津の小説は原作と誤解される場合があるが、一般的には松本の漫画は二次的著作物、石津の小説は新たな著作物と解釈される。石津嵐の小説は、西崎義展著作の企画書作成時に没とされた豊田有恒らの案を元に石津嵐が著した\xA1
    $b$N$H$5$l!"%9%H!<%j!lHG$K@8$+$5$l$?$,!"B3JT$HOC$,7R$,$i$J$/$J$k$?$a!"7`>lHG$N%F%l%SJ|Aw0J9_!"8=:_$N%t%!!<%8%g%s$K:FJQ99$5$l$?!K!#Ev;~$N=PHG;v>p$+$i!"CO5eLGK4JT!J1974年12月20日刊)、地球復活編(1975年2月3日刊)の入稿時期は、少なくとも松本零士の漫画版の入稿より早いと思われる。これらの存在より宇宙戦艦ヤマトの創作著作者は豊田有恒で、映画の著作者は西崎義展・松本零士と考えられるとする意見もある。ただし豊田有恒は著作権を主張しておらず、著作者人格権をめぐる紛争では松本零士を支持した。



    放送リスト






    前後番組






    作品間の関係


    ・ 初代ヤマト関連作品の時系列(アニメ)





    関連作品





    [ 小説 ]





    [ 漫画(オリジナル) ]


    宇宙戦艦ヤマト(作画:松本零士)

    :アニメの放映と同時に「冒険王」誌の1974年11月号から1975年4月号まで連載。単行本化の際に60ページ余りが加筆されたが、月刊誌での掲載によるペースの遅さに加え、途中でアニメが打ち切りとなったため、ストーリーはかなり省略され、松本自身がダイジェストと認める内容となっている。「冒険王」連載終了後にプレイコミック誌の1976年8月号で短編のサイドストーリー「永遠のジュラ編」を執筆。唯一デスラーの妻子が描かれている。

    宇宙戦艦ヤマト(作画:ひおあきら)

    :1974年から1975年にかけて朝日ソノラマのサンコミックスから全3巻で発行されたコミカライズ作品。アニメ版の脚本を担当した藤川桂介が原作を担当。アニメ版ではオミットされた宇宙海賊キャプテンハーロック|ハーロックが活躍を見せ、沖田十三が航行途中で死亡し宇宙葬される(以降は古代が艦長)など、アニメ版のストーリーに比べオリジナルな展開を見せている。

    宇宙戦艦ヤマト(作画:聖悠紀)

    :幼年向け雑誌テレビランドの1974年11月号から1975年3月号まで連載。

    ・ 新宇宙戦艦ヤマト(松本零士)


    [ OVA ]





    [ ゲーム ]


    PCエンジン(SUPER CD-ROM²)用

    宇宙戦艦ヤマト :発売日 :1992年12月22日:ゲーム内の音声は基本的にアニメ版のものを流用しており、富山敬が演じる古代進の声が聞ける唯一のゲームソフトである。プレイステーション用

    宇宙戦艦ヤマト 遥かなる星イスカンダル :発売日 :1999年02月04日

    ・ さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち :発売日 :2000年05月02日

    宇宙戦艦ヤマト 英雄の軌跡 :発売日 :2000年09月28日 プレイステーション2用

    宇宙戦艦ヤマト イスカンダルへの追憶 :発売日 :2004年10月06日

    宇宙戦艦ヤマト 暗黒星団帝国の逆襲 :発売日 :2005年01月27日

    宇宙戦艦ヤマト 二重銀河の崩壊 :発売日 :2005年04月06日 :プレイステーション用及びプレイステーション2用はTV版や劇場公開作を土台とし新たに再構築を行ったシリーズもの。

    :特に「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」「ヤマトよ永遠に」にあたるプレイステーション2用ソフトは大幅にシナリオが変更されている。


    [ CD・レコード ]


    ・交響曲宇宙戦艦ヤマト

    :第1楽章「誕生」

    :第2楽章「戦い」(スケルツォ)

    :第3楽章「祈り」(アダージョ)

    :第4楽章「明日への希望」(ドッペルコンチェルト)

    :羽田健太郎作曲(テーマモチーフ作曲:宮川泰、羽田健太郎)

    :演奏:羽田健太郎(ピアノ独奏〜第4楽章)、徳永二男(ヴァイオリン独奏〜第4楽章)、川島和子(ヴォカリーズ〜第3楽章)、NHK交響楽団(管弦楽)、大友直人(指揮)。

    :1984年5月4日、五反田簡易保険ホールにおける演奏会ライブ録音・録画。LP(後にCD)/ VHS(/Beta) / LD発売、DVD復刻発売。1992年NHK衛星第二放送での宇宙戦艦ヤマト特集にて放送。

    :4楽章構成の交響曲で、第1楽章はソナタ形式、第2楽章はスケルツォとして『完結編』のコスモタイガーのテーマを急速な3拍子に編曲。第3楽章アダージョにはスターシャのテーマとして女声ヴォカリーズを挿入(レコードやビデオのクレジットにはジャズ用語のスキャットとして表記されているが、リズムを刻むための子音を挿むわけではないのでヴォカリーズが正しい)、そして第4楽章は作曲者羽田健太郎のピアノと当時N響のソロコンサートマスターだった徳永二男のヴァイオリンによる「ドッペルコンチェルト(二重協奏曲)」という構成になっている。アニメ劇伴をオーケストラ音楽として鑑賞する先駆けとなった作品であり、現在も評価は高い。

    :なお多くのモチーフは宮川泰作曲のオリジナル劇伴を流用しているが、ソナタ形式などにのっとった交響曲としての構成での作曲は羽田によるもの。第2楽章は『完結編』のモチーフを流用しており、これはもともと羽田の作曲である。(クラシック音楽では他人の旋律による楽曲でも独創性の高い作曲行為は独立したオリジナル曲とみなされる。セルゲイ・ラフマニノフ|ラフマニノフ作曲「パガニーニの主題による狂詩曲」など)

    ・交響組曲宇宙戦艦ヤマト

    :宮川泰作曲・編曲、演奏:シンフォニック・オーケストラ・ヤマト(特別編成オケ)

    :全12曲構成で「交響曲」とは別もの。


    [ パチスロ ]



  • 宇宙戦艦ヤマト 2000年11月 (サミー)


    [パチンコ]



  • CR宇宙戦艦ヤマト 2007年12月(藤商事)





    知的財産権に関する特記


    ・ 著作権者

    : 本作品群の著作権等は1996年に東北新社に包括譲渡契約され、1998年に西崎義展及びウェストケープコーポレーションの破産管財人が契約の履行を選択、2000年に東北新社と破産管財人との間で譲渡代金の支払につき裁判上の和解が成立し、著作権者は東北新社である事が確定。

    ・ 商標権者

    : 本作品の商標の最初の出願は1974年3月15日にされている。出願された艦体の意匠は本放送のものとは異なるが、商標の意匠文字は本放送時のものと極めて類似している。

    : 西崎義展及びウェストケープコーポレーションの破産に前後して、本作品の商標権を西崎義展から西崎義展の長男に移転したため、破産管財人が否認権を行使し商標の移転登録の抹消及び譲渡契約の履行により東北新社に商標権を移転した。

    :※『新宇宙戦艦ヤマト』及び『新・宇宙戦艦ヤマト』の商標は西崎隆二郎なる人物が1999年〜2001年に登録している。

    ・ 同一性保持権及び翻案権

    : 本作品の包括譲渡を受けた東北新社がバンダイ・バンダイビジュアルに制作・販売を許諾したプレイステーション用ゲームソフトにつき、西崎義展が東北新社・バンダイ・バンダイビジュアルに同ゲームソフトの制作・販売の中止及び1億円の損害賠償を求めたが請求を棄却され、控訴審にて西崎義展が宇宙戦艦ヤマトの著作者である旨を公表しても異議を唱えない事のみを条件に司法和解が成立(但し、著作者表示以外の著作者人格権につき原則不行使とした原審の判示により、本司法和解は西崎義展の事実上の敗訴となった)。

    ・ 松本対西崎の訴訟

    : 1999年、松本零士は東京拘置所で拘留中のプロデューサー・西崎義展に対して

    :* 宇宙戦艦ヤマトの著作権者を松本と認める事。

    :* 西崎は、これまでの宇宙戦艦ヤマトの著作権者であるとの発言を訂正し、新聞に謝罪広告を掲載する事。

    :などを求めて訴訟、西崎も著作者人格権の確認を求めて反訴した(平成11年(ワ)第20820号 著作権侵害差止等請求事件、同12年(ワ)第14077号 著作者人格権確認反訴請求事件)。

    : 2002年、一審は松本の請求を棄却松本はヤマト以前に描いた漫画『電光オズマ』に「宇宙戦艦大和の巻」を描き、『光速エスパー』の主人公の名前を本作と同じ「古代すすむ」を用いていたことを根拠の一つとして、原作権を主張したが、名称が同じなだけでデザインはロケット型であり、著作物としての類似性はないとして主張は退けられた。、西崎が求めた著作者人格権を認める判決を下した。松本は判決を不服として控訴したが、控訴審中の2003年に法廷外和解した。これにより映画の著作者は西崎義展・松本零士の共同著作であり、代表して西崎義展が著作者人格権を有することが確認された。

    : 尚、前述の通り著作権者である東北新社に著作者人格権の原則不行使等を含む著作権等譲渡がされており、著作権者を除く制作当事者間での映画の著作者の確定の影響は少ない。

    : また本和解条項では、西崎がこれまでの宇宙戦艦ヤマトシリーズを利用した新作(仮題『宇宙戦艦ヤマト・復活編』)を、松本がこれまでの宇宙戦艦ヤマトシリーズとは関係の無い新作(仮題『大銀河シリーズ 大ヤマト編』)を夫々別個に作成する事を相互に確認しているが、前述の著作権等の包括譲渡契約に「将来作品」に関する内容が含まれており、履行には東北新社の許諾を要する限定的な確認と考えられる(和解書確認書)。

    ・ 三共対東北新社の訴訟

    : 2004年、東北新社はパチンコメーカー三共 (パチンコ)|三共・ビスティ及びインターナショナル・カード・システムに対し、パチンコ「CRフィーバー大ヤマト」(スロット機を含む)プレイステーション2用ソフト・アニメーションソフトの「大銀河シリーズ大ヤマト零号」等が東北新社の有する宇宙戦艦ヤマトの著作権を侵害したとして損害賠償を請求した(平成16年(ワ)第13725号 損害賠償等請求事件)。

    : 2006年12月27日、東京地方裁判所は判示にて宇宙戦艦ヤマトの東北新社への包括移転契約前の映画の著作権は訴外西崎義展ではなく訴外オフィス・アカデミー又は訴外ウエスト・ケープとし、西崎義展と東北新社との間の映画の著作権の包括移転契約は無効とされた。

    : 西崎義展及びウエストケープコーポレーションの破産管財人が履行を選択し、破産管財人により東北新社への譲渡代金を司法和解した移転内容が否定された為、東北新社は著作権確認請求訴訟等を起こす可能性がある。

    : 著作権等の使用者は、真正の著作権者が不明となった為に使用料の支払を供託する可能性、法人の破産終結・閉鎖登記を理由に著作権者不在として使用料の返還を求める可能性がある。

    : 東北新社以外の第3者が真正の著作権者とされた場合に損害賠償請求を受ける可能性が生じた。



    参考文献



  • 豊田有恒『日本SFアニメ創世記 虫プロ、そしてTBS漫画ルーム』(TBSブリタニカ、2000年)ISBN 4484-002051


  • 藤川桂介『アニメ・特撮ヒーロー誕生のとき ウルトラマン、宇宙戦艦ヤマトから六神合体ゴッドマーズまで』(ネスコ、1998年)ISBN 4890369791


  • 石黒昇、小原乃梨子『テレビ・アニメ最前線 私説・アニメ17年史』(大和書房、1980年)


  • Web現代「ガンダム者」取材班編『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社、2002年)ISBN 4063301818 - 安彦良和とスタジオぬえの松崎健一のインタビュー。


  • 安斎レオ編集『宇宙戦艦ヤマト伝説』(フットワーク出版、1999年)ISBN 4876893233



    脚注






    外部リンク



  • 宇宙戦艦ヤマト発信!


  • 海外版との役名対照表


  • Leijiverse(レイジヴァース)


  • asianbeat(松本零士スペシャルインタビュー)






    Quotation:Wikipedia
    - Article
    - History
     License:GFDL

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