「ふるさとの訛(なま)りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」。東京で生活する石川啄木が、ふるさとを思って詠んだ歌である。啄木でなくても、旅先でふるさとの言葉を聞くと、心が和み話している人に親近感を覚えてしまう 「訛りは国の手形」と言う。言葉の訛りで生まれ故郷が分かるということだが、最近、若者からは方言よりも、「ギャル語」をよく耳にする。カラオケに行くことを「オケる」、おつかれさんを「おっさん」と言うそうだが、年配者にはちんぷんかんぷんだ 言葉は進化するもので、それぞれの時代で新しい言葉が生まれるものだろう。ギャル語を話す若者とは文化が違うと言えばそれまでだが、その若者のふるさとはどこだろう 中国国内では現在、五十六民族が百二十九の言語を使っているそうだが、そのうち半数の六十四言語が標準語の普及で消滅の危機にあるという。言語は国の文化財である。食の信頼を失おうとしている中国は、その民族の何千年にもわたる文化も失おうとしている 若者が方言を話さないことで、ふるさとの文化も消えていくと考えるのは果たして取り越し苦労だろうか。
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