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2008年02月04日(月曜日)付

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希望社会への提言(15)―介護の支え手も守る仕組みに

・魅力ある職場づくりが介護職を呼ぶ

・若い世代へも介護保険を広げて支え合う

 

 赤穂浪士の討ち入りより少し前の去年12月9日、各党の政治家を招いて東京で討ち入りシンポジウムが開かれた。

 高齢者の介護という大事な仕事を担っている人たちが一向に報われない。そんなご政道をただすためだ。

 陣太鼓を打ち鳴らしたのはNPO法人「高齢社会をよくする女性の会」だ。2カ月足らずで集めた14万5000人の署名用紙を政治家らの前にどんと積み上げ、介護に携わる人の給料を一律3万円上げる法律を作るよう詰め寄った。

 かつて老いた親の介護はおもに「嫁」と呼ばれる女性の仕事だった。「男は仕事、女は家庭」という役割分担のもと、「嫁」たちはときには健康をそこねながら、夫や自身の親をみとってきた。

 家族構成や地域社会の変化を背景に、ドイツに次いで介護保険制度が始まったのは2000年春のことだ。介護が必要なお年寄りを社会全体で見守っていく、という宣言である。

 

 世界に誇れる制度が、いま危機に直面している。介護の現場が深刻な人手不足に陥っているからだ。介護施設や訪問介護の事業所に働き手が来ない。来ても、2割が1年以内に辞めていく。

 月給は平均20万円あまりで、他のサービス業や全産業の平均より10万円以上低い。夜勤が多く、腰痛などの苦しみもある。なにより切ないのは、将来の設計図が描けないことだ。支え手が不遇では、支えてもらう人の尊厳も守れない。

 なぜ賃金が低いのだろうか。

 介護サービスの代金は、サービスの種類ごとに国が定めている。代金の9割を保険制度から介護報酬として支払い、利用者も1割を負担する。介護の事業者はこの代金収入をもとに、人件費も含めてやりくりする仕組みだ。

 ところが、制度が始まって利用者が大幅に増え、保険制度からの支出がふくらんでいく。そこで、介護報酬の総額の伸びを抑えるため、厚生労働省は2度にわたって報酬の単価を引き下げた。それで事業者の収入が減り、介護職の賃金へしわ寄せされているのだ。

 高齢化が進み利用者は増えていく。06年度に6.6兆円だった介護報酬の総額は、25年度には16兆円に上ると予想されている。こうしたなかで、賃金を引き上げて介護の支え手を確保していくには、どうしたらいいだろうか。

 それには、財政基盤を豊かにすることだ。介護報酬の財源は、保険料と税金が半分ずつ負担している。だが、月々の保険料はいま平均4000円。上げるのはそろそろ限界だ。ならば、税金の支出割合を高めていく以外にないだろう。

 ハコモノ予算を大胆に切るのは当然だが、消費税を含めた増税も受け入れざるを得ない。老後を守るため、医療と介護への財政支出を優先させていこうと私たちは提案してきた。自分のふところを少し痛めてでも介護の支え手の暮らしを保障し、介護保険の制度を守るのか。私たちの覚悟も問われている。

 保険料については、ドイツのように若者にも負担を求めてはどうだろう。現在は40歳以上が保険料を負担し、原則として65歳以上がサービスを受ける。それを若い世代も保険料を低額にして払い、介護サービスも年齢に関係なく利用できるように改めるのだ。

 若くても、万一の事故や病気の恐れはある。備えがあれば安心だし、親や祖父母の介護を支えることにもなる。時間をかけて若い世代の理解を得たい。

 一方で、サービス内容の見直しも必要だ。本人の努力や地域の助け合いでしのげるものが少なくないからだ。

 

 以上のように介護の負担がふくらみつづけると「経済の足を引っ張る」と見られがちだが、そうだろうか。

 介護保険が始まって、100万人を超える雇用と多様な事業所を生み出した。今後はもっと必要になる。介護事業は、いまや地域経済の重要な一角を占めつつある。増えていく介護需要に合わせてお金が回っていく仕組みをつくれば、内需型経済の推進役になるはずだ。

 公共事業依存の地域経済を、福祉重視へ切り替えて元気にしていこう。

 支え手の生活が守られたとして、介護の仕事を魅力的にするのはお金だけではない。どの調査を見ても、約7割の人が「働きがい」を求めている。

 兵庫県内で施設と訪問介護サービスを提供している社会福祉法人「きらくえん」は、職員の入れ替わりが少なく、質の高い介護で知られている。常勤、非常勤合わせて600人いる職員の研修にはとくに力を入れている。

 年間計画表には、介護に直接かかわらない人権や平和をテーマにしたものが少なくない。「人間性を深めるような研修のあとは、仕事に向かう意欲がちがう」と理事長の市川禮子さんは話す。

 新人には1年間、少し年上の先輩をアドバイザーとして1人ずつ付ける。5年ほど経験を積んだ優秀な職員は、リーダーにして原則として夜勤をはずし、研修で管理職に育てる。職員の意欲と能力を高めるのは経営者の責任だ。

 アジアの国々も、日本を追って急速に老いていく。介護の理念と仕組みと技術を磨き、アジアへも発信していきたい。

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