苦肉の策、ということだろうか。日本学術会議の委員会が検討している生殖補助医療の報告案に、「代理出産の試行」が提案されている。
代理出産は法律で禁止する。営利目的の代理出産は処罰の対象とする。そうした大原則を示した上で、例外的に国の管理の下で行う試行は考慮できるという。生まれてくる子供、代理母やその家族などの身体的・精神的影響を追跡調査するという考え方だ。
特別なことに聞こえるかもしれないが、通常の医療でいう「臨床研究」や「症例登録」に近いだろう。臨床研究は新しい医療をいきなり臨床応用するのではなく、限られた症例で有効性や安全性などを評価する手法だ。医学的・倫理的課題を内包する遺伝子治療も臨床研究として実施されてきた。
代理出産も医学的・倫理的に課題がある。生まれる子供に医学的問題は生じないか。自分の出自をめぐり、どんな心理的影響を被るか。代理母の身体的リスクや、出産直後に子供を引き渡す心理的影響はどうか。代理母の家族の心理はどうか。
代理出産を検討する上で欠かせないが、参考になるデータはほとんど存在しない。科学的データを基に判断すべきだという考え方は理解できる。
一方で、試行には懸念もある。依頼者や代理母はともかく、自分の意思にかかわらず調査対象となる子供にどのような影響があるか。生殖補助医療は、新たに人間を生み出す点で通常の医療とは異なるだけに、慎重な制度設計が必要だ。
データだけで判断できないこともあるだろう。そもそも他の女性の体を出産の手段として扱うことが許されるか。生物学的につながりのある子供を持ちたいという個人の望みは、どこまで優先されるべきかといった点は、価値の判断だからだ。
生殖補助医療の問題が、代理出産にとどまらないことも肝に銘じておきたい。卵子や胚(はい)の提供を受けるケースだけではない。50年以上実施されてきた非配偶者間人工授精(AID)では、出自を知らずに育った子供たちの心の内がようやく語られ始めている。顕微授精がデータの集積による評価なしに臨床応用されてきた問題もある。
学術会議は今年度中に報告をまとめるが、今も意見が割れている。アカデミズムを代表する学術会議の役割を考えれば、すべての意見の一本化より、生殖補助医療全体のルール作りの基礎となるデータや考え方の整理が重要ではないだろうか。
毎日新聞 2008年2月4日 東京朝刊