著者に聞く

患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医

『医者のしごと』の著者 福井次矢聖路加国際病院院長に聞く

 それは、自分自身の健康を守るための知恵です。そのためにも、われわれ医者は、患者だけでなく健康な人にも、もっと情報提供していかなければいけないと思っています。

―― 日本の医療の問題を解決するには、どのような方法があるでしょうか。

医者の仕事表紙

『医者のしごと〜15歳からの「仕事」の教科書1』、福井次矢著、丸善、定価1300円(税抜き)

福井 今のままでは駄目なのは確か。私は日本医師会の委員会で「総合医」を認定するシステム作りに関わっていますが、早急にこのシステムを作るべきだと思っています。

 総合医とは、基本的な病気を診ることはもちろん、その人の健康を広い視野で見る医者です。そのうえで、重症な病気や稀な病気の患者は専門医に引き継いでもらう役割を担います。

 つまり、どんな症状の人も取りあえず診て、あなたの場合はすぐに大学病院へ、あなたの場合は風邪ですから様子を見てください、などと仕分けができるタイプの医者です。このような医者を中心とした医療体制を整える必要があると思っています。

 総合医と専門医はどちらも欠かせない存在です。私は米国への留学中に総合診療の重要性を知り、佐賀医科大学(当時)と京都大学で総合診療科を立ち上げました。

 私はそういう働きができる医者を、すべての医者のうち30〜40パーセント養成できたらと思っています。これは、英国みたいに、まず総合医にかからなければ大きな病院には行かれないというように、患者を制限する話とは別の話です。

 20年ほど前、厚生省(当時)に「家庭医に関する懇談会」というのがあって、家庭医を正式なシステムとして作ろうとしたことがあります。しかし、日本医師会の反対でつぶされてしまいました。家庭医というトレーニングを積んだ資格を持った人が出ると、そっちに患者が流れてしまい、開業医が冷や飯を食わされるという理由です。私はその時の専門委員でしたので経緯をよく知っています。あの時点で「家庭医」構想がつぶれたのは、日本の医療体制にとって、大きなミスジャッジだったと思います。

―― ご本の中では、日本の従来型の医学教育を見直す時期に来ているとおっしゃっていますが、日本の医療教育の今後についてはどのようにお考えですか。

福井 昨年7月、日野原重明理事長とシンガポールの医療を見に行ってきました。米国のデューク大学とシンガポール政府が契約して、新しいメディカルスクールを作ったのです。

 もともとシンガポール国立大学には、日本と同じように、高校を卒業して入学する6年制の医学部があります。新しいプロジェクトは、医学部以外の学部の大学を卒業した人が入れる、4年間のメディカルスクールです。

 私たちが行った時は、ちょうど第1期生が入学して、授業が始まる1カ月前でした。国内だけでなく、アジア各国などから学生を受け入れていました。このメディカルスクールではデューク大学と同じカリキュラムを導入したので、デューク大学の卒業資格も得られます。

 同時に医学研究もこのメディカルスクールを核として、世界にアピールするような質の高いものを行っていく。政府の動きがとても早いと感じました。

 韓国でも3年後にはすべての医学部が米国型のメディカルスクールになると聞いています。オーストラリアも半分がそうなっています。

 日本では18歳で医学部に行くかどうかの選択をしますが、18歳はまだ子供です。医者の道を選んでも、後で不幸な結末になる人が少なくない。大学を卒業してから医者になることを決めた方がいいと思います。

 また、大学に病院が付属するのではなく、病院から医者を作るという、病院をベースに本当の臨床医を作るメディカルスクールが日本にもできたらと思っています。

 私は韓国やシンガポールのように、大学の医学部をすべてメディカルスクールに変えようと言っているわけではありません。医者になるための別のルートを作り、従来の医学部と競争する形にすればいいと思っているのです。しかし、残念ながら、既存の大学の多くは反対のようです。

 医療は今、多くの問題を抱えていますが、それでも医者という仕事は面白い。問題の多くはシステムの欠陥なのです。社会における医療のあり方というものをデザインする人がいないのが原因です。医者という仕事はとても面白く、やりがいのある仕事だと私は思っています。

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