患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医『医者のしごと』の著者 福井次矢聖路加国際病院院長に聞く
もっと深刻なのは、医療の現場では、どれだけ良い医療を行っても亡くなる患者さんがいることです。例えば2006年、福島県立大野病院で起きた事件です。担当医が1人で分娩に当たった際、予想外の疾患が見つかり、出血多量で患者さんが死亡したというものです。この産婦人科医は逮捕されました。 医者にとってこれは大事件でした。本当に過誤があったかどうかは分かりません。当時、産婦人科医がたった1人で医療に携わらなければならなかった状況を考慮に入れているのかどうか…。 いずれにしても、この事件を見て多くの医者は、最善の医療を行っても、患者さんが亡くなれば逮捕されるかもしれないという恐れを抱いた。この事件をきっかけに、産婦人科だけでなく、外科や内科を専攻する若い医者が少なくなってしまった。お産を取りたくない、手術をしたくないという人は、多くなっています。 ―― 小児科が減っているのも問題視されていますが、産科医が減っていく状況は、止めようがないのでしょうか。 福井 現状では止めようがないですね。聖路加でも、出産を制限しています。もちろん、断られた人からはしょっちゅう文句が来ます。当然です。それはよく分かっていますが、スタッフのオーバーロードのことも考えなければならない。 東京都済生会中央病院は今年3月で産科を閉じると聞いています。東京ですらそういう状況ですから、地方はもっとひどいでしょう。
―― 勤務医が減って開業医が増えるのは、医者の立場から言うと無理もないことですか? 福井 聖路加でも、医師に「開業しますから、病院を辞めます」と言われた段には引き止めようがない。開業医になれば、当直もないし、家族と過ごす時間も長くなり、給料も今の2倍か3倍になる。給料を2倍、3倍にするからここで頑張ってよとは、経営上言えないのが現実です。 そもそも、日本は診療報酬が外国と比べて格段に低いのです。医療費の報酬体系がすごく安く設定されている。先日、医師の技術料を0.38パーセント引き上げることになったと言いますが、こんなわずかな数字には意味がありません。総医療費の枠内で奪い合っていても根本的な問題解決にはなりません。 世界一レベルの医療を要求しながら、それをサポートするお金も人もないというのが現状。そのギャップがどんどん大きくなっているように感じます。 ―― それでもお医者さんはお金持ちだというイメージは、一般には根強くあります。 福井 それは、マスコミ報道の影響です。ベンツに乗ってゴルフをしているというのは、ほんの一握りの、おそらく開業医のイメージですよ。ほとんどの勤務医はそんな暇などありません。 医者はお金をたくさん使って遊び回っているというイメージだけが一人歩きしている。そのせいで、国のお金が医療の方へ回ってこないという悪循環があるのかもしれません。 ―― 病院や医者が多くの問題を抱える中で、患者側にも意識改革が求められていると言えますか。 福井 これからは、一人ひとりが自分の健康を守るために行動を変えざるを得なくなると思います。 今問題なのは、小学生以降の全国民のヘルスエデュケーションが足りないことだと思います。どういう症状の時にどんな行動を取ればいいかについて、ごく基本的な教育がない。だから、風邪を引いたと言って大病院に行ってしまったり、夜中に風邪の子供を救急外来に連れて行ってしまったりする。少し高いレベルで、自分の病気について適切な判断をできるようにしなければならないでしょう。
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