著者に聞く

患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医

『医者のしごと』の著者 福井次矢聖路加国際病院院長に聞く


医者に無理難題を押しつける身勝手な患者の増加、病院での過酷な労働に耐え切れず、次々と病院を去る働き盛りの医者たち――。医療は今、数多くの問題を抱え、患者が十分な医療を受けられないほど危機的な状況に陥っている。著者の福井次矢院長は、問題の背景には、医者の仕事に対する理解不足があると指摘。子供の頃からの健康教育の必要性や、「総合医」の認定が問題解決への道と話す。福井院長に、医療崩壊の現状と今後の課題について聞いた。

(聞き手は日経ビジネス オンライン 飯村かおり)

―― この本は医者を志す若い人に向けてお書きになった本ですが、お書きになろうと思ったのはなぜですか。

福井次矢氏

福井次矢(ふくい・つぐや)氏
1951年生まれ。1976年京都大学医学部卒業。京都大学名誉教授。2004年、聖路加国際病院副院長、内科(一般内科)医長、05年院長就任。自治医科大学客員教授、東京医科大学客員教授、聖ルカ・ライフサイエンス研究所常務理事(写真:大槻純一)

福井 医者になりたいという思いを少しでも持っている十代の若者に、医者の仕事を知ってもらいたいと思って書きました。

 私たち医者の仕事については、それぞれの専門分野からの情報提供はあっても、医者の仕事の全体像については意外と情報提供がなされていないと感じていました。実際、医者は、自分たちの仕事をアピールするのが下手で、団結心もないと言われることが多かった。その意味では、本のタイトルにある15歳の人たちよりもずっと上の世代の人にも読んでもらえるとありがたいです。

―― 最近、「モンスターペイシェンツ」と言われるように、身勝手な患者が増えています。この問題の根底にも、医者の仕事に対する情報不足があるのでしょうか。

福井 医者の仕事に対する理解不足が背景にあると思います。医療は無尽蔵に提供できるものではないということを、多くの人に認識してほしいのです。

 風邪を引いた時に、昼間病院に行くと待たされるから、夜、救急に行ってすぐ診てもらおうなどとはとんでもない話です。重症な患者を診る時間を奪っているという意味で、医療という社会資源をムダに使っている。

 日本では医者に応召義務がありますから、診察を要求する患者には医者は応えなければいけない。例えば救急外来に来る必要のない人がどんどん来る。それでもそういう人を断ったら大騒ぎになるし、反対にそれぞれに対応していたら本当に救急医療の必要な人を診られない。どちらにもいい顔をするのは現実には無理なんです。

 こういった問題は、社会のシステムとして捉えなければいけないのに、政治家や厚生労働省など、対策を立てる立場の人がやるべきことをやっていない。多くの国民が、このままではとてもまともな医療は受けられないと実感し、声を上げるのを待たなければ何も変わらないのではないでしょうか。

 もう1つおかしいと思っているのは、「患者様」という呼び方です。このことがモンスターペイシェンツの出現を促しているとも思うのです。

 聖路加では、個別の人の苗字に「様」をつけるのはいいけれども、「患者様」という言い方はできるだけやめるようにしています。そういう病院はいくつも出てきています。

 理不尽な要求をする人が増えています。例えば、1回採血を失敗した。そうしたら、業務上過失傷害だ、院長は文書で謝罪文を書けなどと大騒ぎする。

 また、ある検査をしたら異常がなかった。異常が出ないような検査をしたんだから、お金は払わない…。そんなことを言われるのです。

 毎朝、患者さんからの要望やクレームについて会議をしていますが、こういった話は日常茶飯事です。私が院長になって2年と10カ月くらいですが、この1年は特にひどいなと感じています。

―― 勤務医が減っているという状況も加速しています。

福井 病院から1人働き盛りのドクターが辞めれば、残されたドクターはますます忙しくなり、また辞めてしまう。

 高邁な気持ちで医療に携わろうと思って医者になった人たちが、実際に病院で働いてみると非常にディスカレッジされることが多い。診療に30分〜1時間は時間をかけたいと思っても、現実にはそんなに時間を割けない。多くの患者さんを待たせることになります。

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