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2008.2.3



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日曜ナントカ学
豊かな香りで脳リラックス

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コーヒーの豊かな香りが、サイホンから喫茶店内に広がる=東京都大田区の「珈琲亭 ルアン」で

 コーヒーを飲むのが苦手でも、香りが嫌いという人は意外と少ないのではないだろうか。あの豊かな香りをかぐと、なぜか幸せな気分になる。

 近年、この香りに人をリラックスさせる作用があることがわかってきた。香料メーカーの高砂香料工業が、20〜30代の女性11人を対象に、豆から抽出したコーヒーに香料を加え、カフェオレ風など4種類の香りをかいでもらったところ、脳がリラックスしていることを示す結果が出たという。

 「まず香りを吸い込んでホッと一息つく。飲んで20〜30分たつと、こんどはカフェインの効果で気分がすっきりし、やる気が出てくる」。同社研究開発本部の川上幸宏さんは、コーヒーの効用をこう説明する。

 杏林大医学部の古賀良彦教授(精神生理学)らの実験でも、コーヒーの香りをかぐと、リラックスした時に出る脳波が増えた。面白いことに豆の種類によって効果が異なり、ブルーマウンテンやグアテマラで特に高かったそうだ。

 ただ、どの成分が効果をもたらすのかはナゾ。古賀さんは「微妙な成分の重なり合いによると考えられますが、詳しいことはわかりません」と話す。

 コーヒーには800種類を超える香りの成分が含まれるといわれ、最新の機器をもってしても、詳細な分析は至難の業だ。キーコーヒーの宗威史・開発研究所長は「味や香りは明らかに違うのに、成分を調べると差がはっきりしないことも多い」と話す。

 もとのコーヒー豆が多種多様な成分を持つわけではない。コーヒーの木はアカネ科の常緑樹で、赤や黄色のサクランボのような実をつける。中の種がコーヒー豆だ。生の豆は青臭く、香ばしさはまったくない。

 秘密のカギは、生豆を200度前後で焼く「焙煎(ばいせん)」と呼ばれる工程にある。加熱すると白っぽい豆は茶色くなる。同時にたんぱく質や糖などが化学変化を起こし、香りと味の成分に生まれ変わる。より豊かな香りを求め、メーカーや喫茶店主は工夫をこらす。

 「コーヒー博士」として知られる広瀬幸雄・金沢学院大教授は、南米から取り寄せた生豆を自ら焙煎し、1日10杯は飲む。本業は金属疲労などの研究だが、コーヒー好きが高じ、焙煎や抽出のメカニズムを40年近く調べてきた。

 豆の種類、焙煎の温度と時間、ひき方と抽出方法。さまざまな条件を変えることで、コーヒーの香りと味わいには無限の組み合わせが生まれる。「調べれば調べるほど、わからないことが見つかる。奥の深い複雑さが、コーヒーのいちばんの魅力です」

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体に良くても適量が大切

 日本人とコーヒーの付き合いは、江戸時代に長崎の出島へオランダ人が持ち込んだのが始まりとされる。

消費世界4位

 本格的な普及は明治以降。全日本コーヒー協会によると、現在は米国、ブラジル、ドイツに次ぐ世界4位の消費国だ。ただ、1人当たりの消費量は年間338杯(06年、インスタントや缶コーヒーを含む)と世界26位で、首位のフィンランドの3分の1以下という。

 最近、リラックス作用とは別に病気を予防する効果もあるらしい、とわかってきた。

 その一つが肝臓がん。厚生労働省の研究班が約9万人の日本人を10年ほど追跡し、コーヒーの飲用と肝がんの発生率の関係を調べた。コーヒーをほぼ毎日飲む人の発病リスクは、ほとんど飲まない人の約半分。他の調査と併せ、研究班は「肝がんを減らすのは、ほぼ確実」とみている。

 研究を担当する国立がんセンターの津金昌一郎・予防研究部長は「単独の食品でこれほどはっきりとがんを抑えるものは珍しい」という。緑茶では同様の効果は見つかっていないため、カフェイン以外の成分が効いているらしいが、「詳しい仕組みは未解明です」と津金さん。

 糖尿病の発病も抑えるらしい。欧米などの調査では、コーヒーを多く飲む人ほどリスクが下がるとの結果が出ている。国立国際医療センターの野田光彦さんらが日本人で調べた研究でも、コーヒーを週に1回以上飲む人は飲まない人より血糖値の低い人が多かった。

 ただ、健康な人の糖尿病を防ぐ効果はあっても、糖尿病になってしまった人が飲むとかえって悪影響を及ぼす恐れがあるという。また、肝臓がんも糖尿病も、今までコーヒーを飲んでいなかった人が飲んで、リスクが下がるかどうかわかっていない。「飲みたくない人に無理に勧めるほどの根拠はない。好きで飲んでいる人には何かいいことがあるかも、くらいに考えてほしい」と野田さん。不整脈や虚血性心疾患の患者、妊娠中の女性は注意が必要だ。

頼りすぎ禁物

 コーヒーの代表的な成分といえばカフェイン。栗原久・東京福祉大教授によると、1杯のレギュラーコーヒーには60〜180ミリグラムが含まれている。がぶがぶ飲むと、取りすぎる恐れがある。

 眠気覚ましと不眠は裏表の関係だ。コーヒーを飲んで3時間後でも、まだカフェインの半分は血液中に残る。高齢者は眠りが浅いうえ、体中でカフェインを分解する速度も遅くなっており、特に気をつけたほうがよいそうだ。

 カフェインは疲れによる集中力の低下を抑えるが、もともとの能力以上に高めるものではない。それに脳の疲れはどこかで埋め合わせが必要となる。頼りすぎるのは考えものだという。栗原さんは「コーヒーは1日5杯くらいまでに。不眠が心配な人は就寝の6時間前には飲むのを切り上げて」とアドバイスする。

 UCC上島珈琲は、カフェイン含有量を従来の4分の1に減らした品種を開発した。人工的にカフェインを取り除いたコーヒーに比べ、自然な味わいだという。2年後の商品化をめざす。

 コーヒーの体への影響に詳しい石川俊次・慶応大客員准教授は「健康な人が常識的な飲み方をする限り、明らかに悪い作用は知られていない。ただ、心臓がどきどきしたり、眠れなくなったりする人は、自分に合う量を知ってください」と話している。

熱帯が主産地 日本でも栽培

 コーヒーの主要産地は、「コーヒーベルト」と呼ばれる、赤道を挟んで南北の緯度25度までの熱帯地方。暑いだけではだめで、日中の大きな寒暖差が良質のコーヒーを育てるために欠かせない。標高600〜2500メートルの高原が適地だ。沖縄や小笠原などを除き、日本では屋内でしか育たない。

 ほぼ全量を輸入に頼る中で、茨城県利根町の小池康隆さん(64)は25年前から、コーヒー栽培を手がけてきた。100平方メートルの温室に約30本が育つ。脱サラして77年に喫茶店を開業。旅先のハワイでコーヒー農園を訪れ、かれんな白い花と赤い実に魅せられて栽培を思い立った。

 温室栽培は手間がかかる。室温が10度以下になるとボイラーで暖める。一方、冬場でも昼間は30度を超えるので屋根を開き、夜間は閉める。いちど閉め忘れて葉が凍傷になってしまい、1年間の収穫がゼロになる失敗もあったという。

 問題は夏。木に水をかけて冷やすが、猛暑の前には焼け石に水だ。「夏の軽井沢のような気候が一年中続くのが理想的な環境」だそうだが、日本では難しい。年間の収穫はコーヒーにして300〜400杯分。「温室育ちだが、外国産に負けないコクと力のある豆」と自負する。口に含むと、ほどよい苦みと、余韻の残る甘さが印象的だ。

(文・谷口哲雄、写真・鬼室黎)



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