ジェームズ・ラヴロック インタビュー (1)

2001年1月23日

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ガイア説:地球は生きているのか?

(James E. Lovelock Interview)

(初出:2001年1月23日)
聞き手:星川 淳(作家・翻訳家)

2000年暮れに来日した地球生命体=ガイア説のジェームズ・ラヴロックと初対面し、インタビューする機会を得た。『地球生命圏??ガイアの科学』と『ガイアの時代』(ともに工作舎)という初期2冊の著作邦訳を手がけた者として積もる話はあったが、発想から30年あまり経ったガイア説を提唱者自身が現時点でどう説明するのか、とりあえず聞き役に徹してみた。

ガイア説は、地球の大気、水系、土壌、表層地殻にまたがる生命圏(バイオスフィア)全体が、一つの巨大な生物のように気温、海洋塩分濃度、大気ガス組成などを自己調節・維持しているとみなす。ラヴロックが60年代にNASAの火星探査計画にかかわったとき、惑星の大気組成から生命の存否を判断する方法を考案したことで仮説化し、その後理論にまで練り上げてきた。

1997年、旭硝子財団のブループラネット賞受賞に続く今回の来日は、龍村仁監督による映画『地球交響曲/第四番』出演の予告上映会のため。(提供=オメガ)

生物学者全員を敵にまわして闘うことになった

──まず〈ガイア〉とは何かを説明していただけますか?

〈ガイア〉とは、ノーベル賞受賞作家のウィリアム・ゴールディングが地球を名づけて呼んだ名前です。1960年代後半、私は地球が気候や化学組成をいつも生命にとって快適な状態に保つ自己制御システムではないかという仮説を考え出しました。隣人であるゴールディングと村の雑貨屋へぶらぶら歩きながらその話をすると、「そういう大がかりな理論を打ち出すなら、ふさわしい名前をつけたほうがいい」と力説し、〈ガイアGaia〉を提案してくれたのです。でも古典の素養が乏しい私には、しばらくその意味がピンときませんでした。(笑)

──ギリシア神話の大地の女神ですよね。提起された当時の「ガイア仮説」が、現在は「ガイア理論」と呼んでいいものに発展したわけですが、その内容をひとことで説明するとしたら?

ガイア理論は、生物種が自然選択によって進化するというダーウィン進化論を踏まえた新しい展開ですが、これまでの生物学のように、所与条件としての環境に生物がただ適応するという考え方を斥けます。そのかわり、生物は環境に適応するだけでなく環境を改変すると考えるのです。そして生物は環境を変えることにより、岩石、大気、海洋などのすべてと、全生命自身とを含むシステムの一部となる。微生物から樹木、ユリ、クジラたちにいたるまで、文字どおり生きとし生けるもののすべてが、絶え間なく物理環境と相互作用を続けていると見るのです。そして、その相互作用から〈ガイア〉という自己制御システムが出現します。

──ご著書によれば、それは大気圏の大部分と、土壌、地殻上層に広がる?

有意な量で循環するすべてを含む領域です。一定以上深いマグマでは表層の影響を無視できるほどになるし、大気最上層についても同じことが言えますが

──つまり地球全体のほとんどが含まれる、と。

いや、せいぜい地下100マイル(160km)ぐらいまででしょうか。地球の大部分は従来どおり無機質な物体と考えてかまいません。

──〈ガイア〉は地球の皮膚みたいなものですね。

そのとおり。およそ地下に100マイル、上空に100マイルの厚さと考えればいいでしょう。

──それは憶えやすい。80年代前半に2冊のご著書を訳して以来、ガイア説の受け入れられ方を客観的に見てきて感じるのは、「そうか、地球は生き物なんだ!」という理解が、英語圏だとはじめは『ホールアース・カタログ』に代表されるニューエイジ的な文化領域から、日本では『地球交響曲』シリーズのような媒体を通じてだんだん一般社会にまで浸透していったわけですが、そのいっぽうで科学的な厳密さを要求する人びとが、そんな一般化に疑問を呈する傾向も強まったことです。あなた自身も、〈ガイア〉をシステムとして記述することに留意してこられたと思います。

それはメタファー(喩え)の問題でね。こんなふうに説明するとわかりやすいでしょう。私と共同研究者のリン・マーギュリス(細胞の「内部共生説」などで知られるアメリカの女性生物学者)は、彼女以外の生物学者たち全員を敵にまわして闘うことになったわけですが、彼らは汚い手口を使いました。生物学者がリチャード・ドーキンスの言う「利己的な遺伝子」を語るのは不問に付されるのです。考えてみてください。どうして遺伝子が利己的になんかなれますか?(笑)それはメタファーでしょ。そっちのほうは許される。

ところが、私が「地球は生物のようにふるまう」とか「生きている地球」と言うと、「それは違う、そんなことはありえない」と反論される。これはダーティ・ファイトです。

──それで「もっと厳密な表現をせよ」と批判されるわけですね。でも、あなた自身は「地球生命体」と言おうと「恒常性維持複雑系としての地球生命圏」と言おうとかまわない?

いや、大いにかまいます。その理由はこうです。もし科学者として適切な仕事をしたければ、自分の科学をごく普通の人に説明できなくてはいけない。それができないとしたら、結局自分でもよくわかっていないということでしょう。しかし路上の一般人に説明するには、メタファーを使わざるをえません。それしか方法がないのです。

なのに、なぜ科学者たちがそれに異議を唱えるのかわからない。異議を唱えるのは、ただ頭を切り替えたくないからではないかと思います。「利己的な遺伝子」を問題なく受け入れられるなら、「生きている地球」だって受け入れられなければおかしい。

──つまり、一般の人たちが地球を新しい目でとらえ、いままでと違う敬意を払うようになるためなら、「われわれが生きているの と同じように地球は生きている」という説明のしかたで問題ないと?

そのとおり。地球を月や火星のような死んだ石のかたまりと考えるよりはるかにましです。

地球温暖化の危険はたいていの人が考えるよりずっと大きい

──仮説から理論への発展について聞かせてください。

ガイア説の理論化には二つの足場がありました。まず、仮説から導かれた予測を実地テストにかけること。予測が正しければ、論駁の余地は少なくなります。次は、それをもとに数学的基礎を築く。そこまでいくと、仮説ではなく理論と呼ばれるのが普通です。仮説とはその名のとおり「こう仮定してみよう」という段階で、次にテストしてみて「たしかにそのようだ」となれば理論です。

ガイア理論の場合は、仮説を理論に昇格させられる裏づけ証拠が少なくとも10ほど出てきています。一つめはリン・マーギュリスによるもので、惑星の維持管理にバクテリア生態系の果たす役割がきわめて大きいこと。二つめは、気候制御の主要メカニズムの一つとして、生物が助長する岩石風化による大気中からの二酸化炭素取り込みがあること。これは観測を通じて充分な確認ができています。三つめは、海洋藻類が主要元素の循環にかかわっていること。とくにイオウ、セレン、ヨウ素などは、この生物介在の循環作用がなければ地表からほとんど消えうせていたでしょう。

次は、海面から放出される硫酸ジメチル(DMS)が雲の形成に深く寄与していること。これが気候におよぼす影響はとても大きい。実際いまでは、もし海洋藻類によるDMS放出で雲ができなければ、地球の気温は少なくとも現在より摂氏10度は高いだろうと考えられています。

その次がデイジーワールド(仮想惑星に黒から白まで明度の異なるヒナギクが生育するだけで環境条件が創発的に制御されることを示した画期的なシュミレーション手法)です。このモデルによって、システムが目的論とはかかわりなく作動しうることがわかった。つまり、だれかが先を見越して計画しなくても自己制御メカニズムが働くということですね。このモデルは、あらゆる方面で大躍進をとげてきました。最近、国際的に使われる大規模な気候予測モデルはその好例です。また現実の地球でも、熱帯雨林が白デイジーの役目、シベリアやカナダの北方針葉樹林が黒デイジーの役目を果たしているのではないかと考えられています。

──ガイア説がそれらの刺激剤になった?

そのとおり。大きな副産物は、環境を完全に無視して、生物種の競争だけで進化を説明しようとする生物学者たちの頑固な信仰が、まったく根拠を失ったことです。60年間も生態学的モデルを追究してきて、彼らが発見したのはカオス理論だけでした。生態学的モデルに二種類の生物を入れたとたん、システムのふるまいはカオス(無秩序)と化してしまいます。しかし環境を含めれば、百種類の生物種を入れてもシステムは安定するのです。

──それはたいへんな違いですね。

それでも生物学者たちは環境との相互作用を認めまいとがんばりますよ。最近は複雑性理論などと名前を変えて。しかし、環境を除外するモデルには成算がないでしょう。

──現在、世界中で地球温暖化問題に取り組もうと二酸化炭素の削減をめざしていますが、ガイア理論を取り入れなければ防止の対策や行動がうまくとれないのでは?

取り入れられてはいます。たとえば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は3年ごとに報告書を出すのですが、前回のレポートを送ってきたあと意見を求めたので、私は次のような返事を書き送りました。

ガイア理論から見ると、地球はいま間氷期で正(ポジティヴ)フィードバック過程にある。そこへ熱を加えれば、〈ガイア〉の正常状態である氷河期のように影響が緩和されるのではなく、システム全体で増幅されてしまう。とすると、IPCCによる大気中の二酸化炭素増加試算は見積りが低すぎる可能性が大きく、地球温暖化は彼らの予想より速く進行するだろう、と。

ガイア的なモデルを取り入れた最新のレポートでは、そのとおりの観測を示しています。温暖化は従来の予想よりずっと速く進んでいるのです。97年のレポートでは、2100年までに摂氏3度の気温上昇が起こりうるとしていたのに対し、最新の報告書は6度となっています。

しかも、彼らはガイア理論のごく一部を取り入れたにすぎないのですよ。海洋藻類の果たす役割なんか、まだ全然考慮されていない。温暖化が進んで藻類の生育や分布が変われば、正フィードバックにいっそう拍車がかかる恐れがあります。

──温暖化のスピードがもっと速くなる可能性もある?

ええ、地球温暖化の危険はたいていの人が考えるよりずっと大きい。わかりやすい話をしましょう。地球はいま、あなたや私がインフルエンザにかかって熱を出しているような状態にあります。いつもは体温を摂氏37度に自己調節している体内のあらゆるシステムが逆転してしまう。

考えてみてください。熱が出ると震えますよね。でも、本来それは寒いときやるべきことで、加熱状態で震える必要はない。皮膚が乾いて、汗も止まります。それも寒さ対策で、暑いときにはふさわしくない。そんなふうに、新陳代謝がすべて逆転してしまうのです。

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