ジェームズ・ラヴロック インタビュー (2)

2001年1月23日

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地球温暖化の危険はたいていの人が考えるよりずっと大きい

──仮説から理論への発展について聞かせてください。

ガイア説の理論化には二つの足場がありました。まず、仮説から導かれた予測を実地テストにかけること。予測が正しければ、論駁の余地は少なくなります。次は、それをもとに数学的基礎を築く。そこまでいくと、仮説ではなく理論と呼ばれるのが普通です。仮説とはその名のとおり「こう仮定してみよう」という段階で、次にテストしてみて「たしかにそのようだ」となれば理論です。

ガイア理論の場合は、仮説を理論に昇格させられる裏づけ証拠が少なくとも10ほど出てきています。一つめはリン・マーギュリスによるもので、惑星の維持管理にバクテリア生態系の果たす役割がきわめて大きいこと。二つめは、気候制御の主要メカニズムの一つとして、生物が助長する岩石風化による大気中からの二酸化炭素取り込みがあること。これは観測を通じて充分な確認ができています。三つめは、海洋藻類が主要元素の循環にかかわっていること。とくにイオウ、セレン、ヨウ素などは、この生物介在の循環作用がなければ地表からほとんど消えうせていたでしょう。

次は、海面から放出される硫酸ジメチル(DMS)が雲の形成に深く寄与していること。これが気候におよぼす影響はとても大きい。実際いまでは、もし海洋藻類によるDMS放出で雲ができなければ、地球の気温は少なくとも現在より摂氏10度は高いだろうと考えられています。

その次がデイジーワールド(仮想惑星に黒から白まで明度の異なるヒナギクが生育するだけで環境条件が創発的に制御されることを示した画期的なシュミレーション手法)です。このモデルによって、システムが目的論とはかかわりなく作動しうることがわかった。つまり、だれかが先を見越して計画しなくても自己制御メカニズムが働くということですね。このモデルは、あらゆる方面で大躍進をとげてきました。最近、国際的に使われる大規模な気候予測モデルはその好例です。また現実の地球でも、熱帯雨林が白デイジーの役目、シベリアやカナダの北方針葉樹林が黒デイジーの役目を果たしているのではないかと考えられています。

──ガイア説がそれらの刺激剤になった?

そのとおり。大きな副産物は、環境を完全に無視して、生物種の競争だけで進化を説明しようとする生物学者たちの頑固な信仰が、まったく根拠を失ったことです。60年間も生態学的モデルを追究してきて、彼らが発見したのはカオス理論だけでした。生態学的モデルに二種類の生物を入れたとたん、システムのふるまいはカオス(無秩序)と化してしまいます。しかし環境を含めれば、百種類の生物種を入れてもシステムは安定するのです。

──それはたいへんな違いですね。

それでも生物学者たちは環境との相互作用を認めまいとがんばりますよ。最近は複雑性理論などと名前を変えて。しかし、環境を除外するモデルには成算がないでしょう。

──現在、世界中で地球温暖化問題に取り組もうと二酸化炭素の削減をめざしていますが、ガイア理論を取り入れなければ防止の対策や行動がうまくとれないのでは?

取り入れられてはいます。たとえば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は3年ごとに報告書を出すのですが、前回のレポートを送ってきたあと意見を求めたので、私は次のような返事を書き送りました。

ガイア理論から見ると、地球はいま間氷期で正(ポジティヴ)フィードバック過程にある。そこへ熱を加えれば、〈ガイア〉の正常状態である氷河期のように影響が緩和されるのではなく、システム全体で増幅されてしまう。とすると、IPCCによる大気中の二酸化炭素増加試算は見積りが低すぎる可能性が大きく、地球温暖化は彼らの予想より速く進行するだろう、と。

ガイア的なモデルを取り入れた最新のレポートでは、そのとおりの観測を示しています。温暖化は従来の予想よりずっと速く進んでいるのです。97年のレポートでは、2100年までに摂氏3度の気温上昇が起こりうるとしていたのに対し、最新の報告書は6度となっています。

しかも、彼らはガイア理論のごく一部を取り入れたにすぎないのですよ。海洋藻類の果たす役割なんか、まだ全然考慮されていない。温暖化が進んで藻類の生育や分布が変われば、正フィードバックにいっそう拍車がかかる恐れがあります。

──温暖化のスピードがもっと速くなる可能性もある?

ええ、地球温暖化の危険はたいていの人が考えるよりずっと大きい。わかりやすい話をしましょう。地球はいま、あなたや私がインフルエンザにかかって熱を出しているような状態にあります。いつもは体温を摂氏37度に自己調節している体内のあらゆるシステムが逆転してしまう。

考えてみてください。熱が出ると震えますよね。でも、本来それは寒いときやるべきことで、加熱状態で震える必要はない。皮膚が乾いて、汗も止まります。それも寒さ対策で、暑いときにはふさわしくない。そんなふうに、新陳代謝がすべて逆転してしまうのです。

人類は温暖化の結果、最初の大災害が起こるまで何もしないでしょう

──地球温暖化はもう止めようがないと思いますが、せめて進行を遅らせるために、あなたの提唱する〈惑星医学〉の観点から何かできることはありませんか?

悲しいかな、答えはノーです。人類は温暖化の結果、最初の大災害が起こるまで何もしないでしょう。ヘビースモーカーみたいなものだと思いますよ。タバコを吸い続けたら心臓病や肺ガンになるという新聞記事をどれだけ読んでも、まったく効き目ありません。「いや自分には起こらない」、「起こっても10年か20年後のことだ」、「それまでにバスかなんかにはねられて死ぬんだから、くよくよしたってはじまらない」と言って紫煙をくゆらせる。温暖化に対するみんなの気持ちもこれと似たりよったりで、不意討ちを食らうまでは何もしやしません。植林のような安易な対策は実行するでしょう。あいにく最近の研究では、それが逆効果かもしれないと出ました。つまり北半球での植林は、地球温暖化を抑えるのではなく促進してしまう可能性があるというのです。

──本当ですか?

ええ、たしかに樹木は二酸化炭素を空気中から取り込みますが、地表を黒々と覆うアルベド効果(地表の明度差による熱反射率の変化)と呼ばれる影響で裸地より太陽熱を吸収するため、二酸化炭素の取り込み効果をしのぐ温暖化ファクターになりかねない。だとしたら解決にはなりません。これは、植林によって車社会の存続を図ろうとするアメリカなどの国々にはおもしろくないでしょう。

──知人の地球科学者が、ガイア説は地殻内部からの熱を過小評価していて、地表気温は半分ぐらいマグマの熱で保たれていると言うのですが。

地中から盛んに熱が上がってくる国の人の偏見じゃありませんか。(笑)それは冗談として、われわれもその計算はずっと前にやりました。太古の地球は太陽から受ける熱が現在より25パーセント弱く、しかも地殻の核反応が活発だったため火山活動による熱がいまの3倍あった。それでも、生命発祥のころ地表気温に対する地下からの熱の寄与は一パーセント以内だったと思います。現在は0.3か0.2パーセント以下でしょう。日本では多少違うかもしれませんが。ただ、かりにその人の考えが正しいとしても、地球生命圏の自己制御メカニズムそのものが変わるわけではありません。

──もう一つ、ガイア説がまだ考慮に入れていないと思われるのは、グリーンランドの氷が解けて沈み込み、太平洋の真ん中までめぐってくるという深層海流です。地球全体の冷却装置になっているらしいですが

たしかに、ガイア理論を考えるときには研究が進んでいませんでしたから、その影響を組み込んではいません。重要なファクターであることは認めます。しかし、深層海流についてはいまでもわからないことが多い。たとえば、北大西洋での沈み込みが近年、弱まったのか盛んになったのかもはっきりしません。

──ついこのあいだ、それが止まりそうだという記事を読みました。

いやいや、それにも二つの説があってね。海底で測ると下降流が止まったように見えるけれど、いろいろな深度で測ってみると、海底より少し上では盛んに流れているというのです。いままさに論争中で、どちらに軍配が上がるかわかりません。

──ひと筋縄にいかないわけですね。

北大西洋での沈み込みが止まった場合、冷気が滞留して、北ヨーロッパは氷河期さながらに寒冷化するという予測もあります。地球のほかの場所は温暖化していくのにですよ。

──人間が〈ガイア〉を視野に入れにくい一つの理由は、ゾウとノミより大きなスケールの差ばかりでなく、私たちの時間と〈ガイア〉の時間とがかけ離れすぎていることにあるのではないかと思います。私たちの時間感覚は〈ガイア〉の時間に比べてあまりにも速く、狭い。

生命が地球上に40億年近く存続してきたことは、ほとんど間違いありません。それは宇宙の年齢の約3分の1で、非常に長い時間と言えます。そして、〈ガイア〉は生命発祥の直後に生まれたと考えられる。直後といっても100万年以内とか、そういう話ですがね。〈ガイア〉をめぐる謎の一つは、ものすごく長い幼年期を送ったことです。

──というと?

地球はほんの10億年前まで、微生物生態系つまりバクテリアが支配していました。40億年のうち30億年は微生物しかいなかったのです。われわれとか、樹木とか、魚とか、図体のでかい生物が出現するのに、どうしてこんなに長くかかったのでしょう?人類なんて、まだほんの6?700万年ですよ。ひどく遅咲きというか、惑星にとっては思春期の産物です。われわれを通じて、このすばらしい生命惑星がはじめて自分の姿を見ることができたのですから、有意義な青春ではありますがね。

──美しい表現ですね。

いや、これは本当にすごいことじゃないですか。大いにロマンもかき立てる。ただし、残念ながら彼女はちょっと遅咲きすぎました。というのも、〈ガイア〉の寿命はせいぜいあと10億年ですから。それは、太陽が指数関数的に熱くなっていくためです。太陽もいまの地球と同じように温室効果に悩んでいる。水素が燃えると排ガスとしてヘリウムが生じますが、ヘリウムは水素より不透明なので、ヘリウムが増えるほど太陽内部は熱くなるのです。それが正フィードバック作用を引き起こすために、この先10億年で過去40億年と同じくらい加熱するでしょう。

──じゃあ、太陽系はもう中年をすぎた?

ええ、〈ガイア〉は私と同年輩ですよ。人間の寿命が長くて100歳としたら、私はいま80歳ですから。〈ガイア〉もちょうど人生の5分の4を終えたくらいです。

──だとしたら、〈ガイア〉はいつ恋愛したり、子どもを産んだりしたんでしょう?(笑)

リチャード・ドーキンスが言うのはそこですよ。生殖できないものなんか生命じゃない、と。

──〈ガイア〉がそんなに高齢だとは思いませんでした。

ちょっと意外ですよね。でも、本当の謎は長すぎた幼年期です。

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