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社説

2008年02月02日(土曜日)付

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教研集会拒否―ホテルが法を無視とは

 日本教職員組合(日教組)が主催する教育研究全国集会は、毎年、各地の教師が集まり、教育にかかわる様々な問題を話し合う場だ。

 ところが、今年は約2000人が参加する全体集会が中止になった。会場をいったん引き受けていた東京のグランドプリンスホテル新高輪が、右翼団体の街宣活動によって他の客や周辺の地域に迷惑をかけるといって、断ったからだ。

 分科会は別の施設でおこなわれるが、全体集会が開けなければ、集会の意義は大きく損なわれるだろう。

 ホテルの姿勢は、なんとも許しがたい。批判されるべきは、大音量をまきちらし、我がもの顔で走り回る街宣車の無法ぶりだ。その影響があるからといって会場を貸さないのは本末転倒だ。右翼団体の思うつぼにはまることにもなる。

 さらにあきれるのは、東京地裁と東京高裁が日教組の訴えを認め、会場を使わせるよう命じたにもかかわらず、がんとして従わなかったことだ。法律に基づき裁判所が出した命令を無視するのでは、企業としても失格である。

 日教組がホテルと会場の契約をしたのは昨年5月だ。7月には会場費の半額を払った。ところが、11月になって、ホテル側は日教組に解約を通知した。

 「会場周辺に右翼団体が集まって抗議活動をすることを、日教組側は契約時に説明していなかった」というのがホテルの言い分だ。

 これに対し、地裁や高裁は日教組が街宣活動のことを説明していたと認めたうえで、「第三者が周辺で騒音を発するおそれは、解約の理由にはならない」「日教組や警察と十分打ち合わせをすれば、混乱は防げる」と指摘した。

 ところが、裁判所の命令が出ても、ホテルは「重大に受け止めているが、お客第一に考えると貸せない」と拒んだ。

 最高裁はこれまで自治体の施設について、「公的施設の管理者が正当な理由もないのに利用を拒むのは、集会の自由の不当な制限につながる」との判断をしている。民間企業とはいえ、公的な施設といえるホテルにも当てはまる考えだ。

 なぜ、これほどかたくなな態度を取るのか。ホテル側は右翼団体などからの圧力を否定するが、何かあったのではないかとつい勘ぐりたくもなる。

 このホテルの親会社である西武ホールディングスの後藤高志社長は、銀行員時代に総会屋との決別に力を尽くし、小説のモデルにもなった。それなのに、なぜ……。ことのいきさつをぜひ聞きたい。

 茨城県つくばみらい市では、ドメスティックバイオレンス(DV)をテーマにした市の講演会が、DV防止法に反対する団体から抗議を受けたため、「支障をきたす」との理由で中止された。

 こうしたことが続くと、憲法で保障された言論や集会の自由が危うくなる。

 グランドプリンスホテル新高輪は自らの行為の罪深さを考えてもらいたい。

再診料下げ―見送りは既得権の温存だ

 診療報酬の改定を進めている厚生労働省が、開業医の再診料の引き下げを見送った。日本医師会から強く反対されたからだ。

 いま医療の現場で深刻なのは、病院で働く医師が過酷な仕事に耐えかねて、やめていくことだ。これに歯止めをかけるには、勤務医の待遇を良くしたり、人数を増やしたりする必要がある。

 その具体策の一つとして考えられたのが、病院よりも高い開業医の再診料を引き下げ、その財源を勤務医に回そうというものだ。厚労省はそれを中央社会保険医療協議会に提案していた。腰砕けは残念というほかない。

 初診料は開業医も病院も同じだが、2回目からの診察にかかる再診料は開業医が710円、病院が570円だ。

 医師会が再診料の引き下げに反対した理由は、「開業医が疲弊すれば、地域医療は崩壊する」というものだ。地域医療を担っているのは開業医だから、優遇されて当然という理屈だろう。

 しかし、これはおかしい。地域医療は病院も同じように担っている。開業医といっても様々で、都心のビルで昼間しか診療しない開業医もいる。

 医療の財政が苦しいなか、医師会がいつまでも既得権にこだわるのは理解に苦しむ。

 厚労省は再診料引き下げを断念した代わりに、再診時に上乗せする「外来管理加算」などを見直し、開業医の収入から400億円余りを引きはがした。昨年末に決まった診療報酬全体の引き上げ分約1000億円余りと合わせ、産科や小児科を中心とした病院の勤務医対策にあてる。

 確かに、病院側は総額1500億円の勤務医対策で一息つける。しかし、大都市の病院ですら医師不足は深刻で、この程度の対策で勤務医不足が解消するとはとても思えない。

 開業医の再診料に手をつけていれば、もっと多くの財源をひねり出すことができた。それを突破口に、開業医と勤務医の役割分担やそれぞれの待遇のあり方を改めて論議することもできたはずだ。

 もちろん、やみくもに開業医の報酬を削れと言っているのではない。夜間・休日診療や往診をして地域の医療を支えている開業医には、もっと手厚く配慮した方がいい。開業医の中でもメリハリをつける必要がある。

 一連の動きの中で見逃せないのは、医師会が自民党を動かし、自民党が厚労省に働きかけるという旧態依然たる構図が見えたことだ。

 再診料の引き下げをのめば、医師会の執行部は会員の支持を失うと危機感を持ったのだろう。一方、解散・総選挙を控え、自民党は医師会の支持をつなぎとめておきたいと計算したに違いない。

 だが、こんなことでは福田首相も自民党も、国民に信頼されない。本気で医療の立て直しに取り組むなら、医師会の既得権に踏み込むことが避けられない。

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