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私たちがアメリカのUCLAの研究グループと協同で進めていた研究内容が、バイオサイエンスの世界において、世界最高峰の科学雑誌と称されるCELL誌に掲載されました。
教育学部から、このような医学生理学的なハイレベルの研究成果が出たことに対して、不思議な感覚を覚えられる方も多いかもしれません。しかし、科学の世界では、素晴らしい成果に対して、所属や研究機関は関係ありません。今回は、それが認められた形になったものと思います。しかし、何もないところから、このような成果をあげることはできません。十分な環境の下で、一生懸命研究に取り組んでくれた人がいたからこそ、今回の結果につながったものと確信しています。
良い研究を行うことができる素晴らしい環境を与えてくれた大学と、真面目に一生懸命、研究に取り組んでくれた静岡大学の学生達に心より感謝申し上げます。
静岡大学/教育学部/理科教育講座/生物学教室
准教授 黒田 裕樹
具体的な研究
私たちは脳をはじめとする神経系が卵の中からどのように形成されてくるのか、ということに興味をもって研究を行っています。主に実験動物として用いているのは両生類のアフリカツメガエルです。ツメガエルには、医学系でよく用いられるマウスと比べ、飼育が容易であり、発生速度も速く、さらに様々な実験的処理が行いやすい(体外受精のため)、といったような利点があります。
今回、特に注目したのは、2つのタンパク質分子でした。1つめはWnt (ウィント) 、そして2つ目はBMP(Bone Morphogenetic Protein)というタンパク質でした。
既に、卵の中から脳になる領域が決定されるためには、まずBMPによる働きが弱まる領域が形成されて、そのバックグラウンドの上で、Wntの働きが弱まる必要性があることが確認されていました。私は、いくつかの実験結果から、Wntの働きの弱まり方が、結局BMPの働きをさらに弱める方向性に働いているのではないだろうか、と考え、「WntとBMPは連動して弱まる」という仮説をたてました。これまで、この2つの分子は全く独立した働きを持つと考えられてきたので、当初、この仮説に対する世の中の風当たりは非常に強いものがありました。しかし、先達が築き上げて下さった発生生物学的な様々な知見が、私に研究に精力的に取り組むための、確信を与えてくれました。
様々な模索の結果、ついにBMPの影響を受けて働くSmad1(スマッド1)と呼ばれる分子の中に、Wntの影響を受けて働くGSK3 (Glycogen Synthase Kinase-3)と結合する部位が存在することを発見することができました。続いて、試験管内においても、生体内においても、その現象が正しいことが証明されました。私たちは、実際に脳や神経が形成される際にこの連動機構が働いていることまで証明し、Cell誌に論文が掲載されるレベルまで実験結果をまとめあげました。
現在、ES細胞などの幹細胞を用いた再生医療が非常に注目を浴びています。今回の研究は幹細胞からいかに神経細胞を誘導するかという点において、大いに活用されるべき情報を秘めていると考えられます。
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