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2008年02月01日(金曜日)付

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中国製ギョーザ―食の安全に国境はない

 いつか起きるかも知れない。そう心配されていた事態になってしまった。

 食卓によく出る冷凍ギョーザに、聞き慣れない名の農薬成分が入っていた。スーパーなどで買った3家族の10人が中毒症状を起こし、子どもらが一時重体になった。深刻な健康被害である。

 警察が捜査しているが、農薬はギョーザがつくられた中国で混入した可能性が高そうだ。加工工場で殺虫剤として使われていたものが混ざったのではないか、などさまざまな見方が出ている。

 中国製の食品や製品は安全面で問題が多いと、これまでにもたびたび指摘されてきた。日本では冷凍野菜から残留農薬が見つかったり、ウナギ加工品から抗菌剤が検出されたりした。おもちゃや練り歯磨き、ペットフードなどをめぐる問題も各国で相次いでいる。

 グローバル化した時代には、食べ物や製品は世界を駆けめぐる。安全問題の影響は生産国だけにとどまらない。

 政府は中国政府と協力して原因を究明する方針だ。農薬がどこでなぜ混入したのか。できるだけ早く突き止め、徹底した再発防止策をとってほしい。

 北京五輪を控えている中国政府にとっても、深刻な事態だろう。昨年、副首相をトップにする食品安全の指導チームをつくったばかりであり、食品安全法をつくろうと審議している最中のことだ。

 中国は先進国への輸出をバネに高度成長を続けているが、世界中の人が「中国製」に不信の目を向け始めた。安全衛生への意識を高め管理態勢を整えないと、発展を妨げることになろう。

 一方、日本での問題も見逃せない。とりわけ重いのは、輸入企業の責任だ。

 とくに途上国で食品を加工して輸入する場合は、輸入企業や仲介する商社が、食材の安全性や現地工場の衛生管理についてチェックし、必要な指導をしている。そう信頼しているから、消費者は日本企業のブランドで売られている輸入食品を買っているのだ。そのチェックと管理が甘くなってはいないか。

 安全は食品業界の生命線である。食材や製造過程を厳しく点検していくことは、中国側の安全衛生の水準を上げることにもつながるはずだ。

 輸入する水際での検疫に限界があることも、今回浮き彫りになった。

 日本が輸入する食品は多すぎて、一部の抜き取り検査しかできない。それでも改善できる点はないものか、あらためて検討してもらいたい。

 もう一つの問題は、最初に食べた一家が中毒を起こしてからほぼ1カ月にわたり、情報が世の中に伝わらなかったことだ。健康被害が出たことを販売元などが把握したのに広がりを予想できず、行政の連絡ミスなども加わって、新たな被害を防ぐことができなかった。判断と対応の甘さを反省する必要がある。

 これらの点を改善していかないと、食卓の不安を消すことはできない。

教育再生会議―安倍氏と共に去りぬ

 世が世ならば……。そんな無念の思いで、この日を迎えた委員も少なくなかったろう。

 政府の教育再生会議が、最終報告を福田首相に提出した。これまで3回にわたった提言を速やかに実行するよう改めて求めている。

 しかし、再生会議の生みの親だった安倍晋三氏がすでに政権を去っており、今後、提言がどのくらい実現されるかはわからない。

 再生会議が設けられたのは06年秋、教育改革を最重要課題に掲げた当時の安倍首相の肝いりだった。ノーベル賞を受賞した野依良治氏を座長に、各界の有識者が名を連ねた。

 21世紀の日本にふさわしい教育体制を築くため、教育の基本にさかのぼって改革する。これが会議の目的だった。その幅広い顔ぶれから、活発な議論と骨太の提言を期待した人もいただろう。

 しかし、同時に、時の政権とあまりに近すぎるという危うさを抱えていた。

 1次報告の「基本的考え方」に、安倍氏のキャッチフレーズである「美しい国、日本」がそのまま引用されていることが象徴的だった。

 教員免許の更新制や、文部科学相による教育委員会への指示を認めることなどがそろって1次報告に盛り込まれたのも、官邸からの強い意向だった。これらが教育3法の改正につながった。

 私たちは社説で、この改正の持つ問題点を再三指摘した。学力の向上やいじめの解決につながるのか。文科省の管理が強まれば、教師を萎縮(いしゅく)させ、現場の工夫をそいでしまわないか。しかし、そうした疑問が会議の場できちんと議論された形跡はない。

 安倍氏が熱心だった徳育の教科化は、最終報告の提言にも盛り込まれている。だが、文科省も中央教育審議会も消極的で、見送られる公算が大きい。

 時の政権の影が色濃ければ、その行く末も政権とともにあるものだろう。福田政権になって、文科省や官邸はすっと距離を取り始めた。これに対し、委員からは不満や恨み言が聞かれた。

 しかし、どうだろう。提言そのものに力があれば、旗振り役の安倍氏が去っても、その提言は世論の支持を得たのではないか。結局、提言には見るべきものがなかったということだろう。

 とはいえ、いまの教育に改革が必要なことは言うまでもない。各界から様々な知恵を出し合う場も必要だろう。

 その際、大切なのは政治や行政の思惑から離れて一から議論を積み上げることだ。時の政権がやりたいことを後付けするのでは意味がない。

 そのうえで、印象論や思いつきだけで議論をしないことだ。過去の改革を検証し、専門家の意見に耳を傾けることも欠かせない。

 教育再生会議の寂しき幕切れから学ぶべきことは多い。

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