「ノー・グッド・シングス」(No Good Deed)
アメリカのハードボイルド作家ダシール・ハメット原作『ターク通りの家』(1924)を映画化した「ノー・グッド・シングス」(No Good Deed 2002年 監督:ボブ・ラフェルソン 脚本:スティーヴ・バランシック)。
アメリカ東部のある町に住むジャック・フライア(サミュエル・L・ジャクソン)は、余暇にはチェロを弾き、孤独を愛する刑事です。休暇をとって練習を重ねたブラームスの小曲をたずさえ、音楽祭へ出掛けようとしたそのとき、隣人に懇願され、家出娘コニーの捜索をする羽目になってしまいます。ジャックは、コニーのボーイフレンドが住んでいるターク通りを巡回するうちに、折から降り出した雨で自宅の階段で足を滑らした老婦人を助けます。雨から逃れて家のなかへ入った老婦人は、ジャックに夫を紹介します。
Who is it you're looking for, Jack? A friend?
「ジャック、探していらっしゃるのは、お友だち?」
MRS. QUARRE: Thomas, dear. This is...
JACK: Jack. Jack Friar.
MRS. QUARRE: This is Mr. Quarre, I'm Mrs. Quarre. Who is it you're looking for, Jack? A friend?
JACK: No, suspect, well, not a suspect really. A young man.
THOMAS: Yes.
MRS. QUARRE: You're a police man.
JACK: I really should be going.
MRS. QUARRE: Oh, dear, don't go. I'll put on some water for tea.
「トーマス、あなた、こちらは」
「ジャック、ジャック・フライアーです」
「こちらはミスター クアー、私はミセス クアーです。
ジャック、探していらっしゃるのは、お友だち?」
「いいえ、容疑者、いや、容疑者というわけではなく、若い男です」
「なるほど」
「あなたは刑事なの」
「私はこれで失礼します」
「どうぞ、行かないで。お茶を入れますわ」
自然で平和で他愛のない会話です。ところが、その背後には、まったく正反対の局面が潜んでいました。その家は悪事をはたらく一味の隠れ家だったのです。やがて、首謀のタイロン(ステラン・スカルスゲールド)と子分のフープ(タグ・ハッチソン)、それに魅惑的な女性エリン(ミラ・ジョヴォヴィッチ)が現れます。彼らはジャックを捜査にやってきた刑事だと勘違いし、ジャックを動けぬように椅子に縛り付けます。そして、タイロンとフープは、エリンにジャックを銃で監視させ、銀行を襲う計画を実行するため出発します。
家に残されたのは、犯罪の片棒をかつぐエリンと真面目な刑事のジャック。そこには、相容れない二人であっても、ある人間のふれあいを感じさせる何かがありました。エリンは傍らのピアノを弾きます。確かな音色を聞いて、エリンの才能に驚くジャック。
He said he saw my potential. I flattered myself that he meant my music.
「彼は、私には才能があるって。音楽の才能だと思って、よろこんだんだけど」
JACK: Did I hear what I just heard?
ERIN: I was a state-sponsored prodigy until Moscow collapsed. My peers became prostitutes, musically or otherwise. I met a man in a bar. He said he saw my potential. I flattered myself that he meant my music.
JACK: So you guys are robbing a bank, Right? How?
「今聞いたのはなんだろう」
「ソ連が崩壊するまで、私、政府の特待生だったの。仲間は音楽を続けるため体を売ったり、いろいろしていたわ。それで、私はバーである男に会ったら、私には才能があるって言われたの。音楽の才能だと思って、よろこんだんだけど」
「それで、銀行を襲うんだね?どういうふうに?」
あきらかに、タイロンはエリンに魔性を見たのです。美貌ゆえに、彼女は悪の道にはまり込んだのです。一方、銀行に着いたタイロンたちは、電源装置を操作して、館内の電気を切って銀行側を混乱させ、計画通り、1、000万ドルの送金を実行させます。あとは、車でカナダ国境を越え、逃走するだけです。ここで、エリンとジャックの会話を聞きましょう。
Only you don't know it.
「あなたは気がついていないだけだ」
JACK: You have a way of me feel really good, when you want something.
ERIN: It's not like that.
JACK: Oh, but it is. Only you don't know it.
「ほしいものがあると、あなたは人をその気にさせてしまう」
「そんなことないわ」
「いや、そうなんだ。あなたは気がついていないだけだ」
物語の展開や前後の状況は、ここでは触れません。エリンは魔性の女だったのでしょうか?ジャックは冷静な男だったのでしょうか?作者は、才能ある魅力的な女が遭遇する複雑で不思議な宿命を描こうとしているのでしょう。
ボブ・ラフェルソン監督は「これはスリラーというジャンルのなかのラブストーリーでもある。サミュエルは堂々とした品格とほんの少しの弱さを兼ね備えたキャラクターを見事に演じてくれた。ミラは、とても妖艶で知性溢れる女性だが、彼女にとっては、はじめて力を抜いてすべてをさらけ出すことを学んだと思う」と語っています。
(原島一男 はらしま かずお)
初出:NHKテキスト「100語でスタート英会話」2003年4月号 NHK出版