メールありがとう。 笑ったりなんてしないよ。 行也くんからのメールは、いつだってうれしいもん。 私の薬指の白い跡に気づいたのね。 でもこれは、指輪の跡ではないって言っても、 行也くん、信じてくれないんだろうな。 平日の昼間に逢うことも、私の仕事が土日の方が忙しいから・・って信じてほしい。 どういう仕事かって隠すつもりはないけれど、 行也くんと逢ってるときは、仕事のことは忘れたいの。 私は、ここに行也くんがいてくれれば、それで幸せ。・・これじゃダメなの? 行也くんとメールで知り合って、何度かやりとりして、 私は行也くんのことが本当に好きだと実感したの。 いつも行也くんのことを考えてる。 デパートで服を選んでいるときも、 “この服なら、行也くん気に入ってくれるかな。 かわいいって言ってくれるかな” って無意識のうちに考えてるの。 逢っていないときでも、 いつも行也くんがいっしょにいるみたい。 ・・行也くんが聞きたいのは、こんなことじゃなかったよね。 でも、聞いてくれた方がいい。女々しいなんて思わない。 不安を隠してつきあうのって、耐えられないの、わかるから。 でも今答えられるのは、私には行也くんだけ、ってこと。 ・・また逢ってくれる? 初美 |
返事をもらってホッとした。 ・ ・・というより、気が抜けた、って表現した方が合っているかな。 僕は何を疑っていたんだろう。 初美ちゃんからの返事を待つ間、実を言うと自己嫌悪に陥っていたんだ。 初美ちゃんに他に男性の存在があったって、この気持ちが変わることはないはずなのに、ってね。 この一週間、飲めない酒を飲んでみたり、実を言うと昨日は仕事をサボッてしまったんだ。 自分がこんなにも弱い男だと知って、自分自身呆れているよ。 でも今は、初美ちゃんの「指輪の跡ではない」という言葉を信じているから もう二度と会社をサボッたりしないと約束するよ。 それから・・・ 服を選ぶときも僕のことを考えてくれているなんて嬉しいな。 そういえば少し前に着ていた胸の大きく開いたシャツにはドキッとしたよ。 襟元や袖がレースになってるあの薄紫色のシャツ。 今だから白状するけど、僕と初美ちゃんは30cmも身長差があるから、 並んで歩いていても上から胸元が覗き込めちゃうんだよ。(笑) あの服も僕を思いながら選んでくれたものなら嬉しいな。 初美ちゃんは鎖骨が綺麗だから、今度服を選ぶときには 鎖骨を強調するような服を選んだらどうだろう? あ。 でも他の男性の目に初美ちゃんの鎖骨をさらすのは嫌だな・・・。 そうだ。 今度一緒にデパートに行こう。 僕が初美ちゃんに似合う服をプレゼントするよ。 もうすぐ知り合って一年になるし、記念日ということで。 ・ ・・これでまた会えるキッカケを作れたかな?(笑) それから、これは無理強いできないことなんだけど、 いつか近いうちに夜に会えないかな? 先週、得意先の接待で行ったショットバーへ、初美ちゃんを連れて行きたいんだよ。 ビートルズばかり流す店で、ダーツやビリヤードができるようになっててね。 うるさい客もいないし、チーズやフルーツもうまいんだ。 僕は酒が弱いし、カクテルといってもジントニックやソルティドックくらいしか知らないけど・・。 初美ちゃんはそういう店は嫌いかな? それから、初美ちゃんの仕事のこと、 話せる時が来たら話してくれればいいから。 知りたい気持ちはあるけど、今回のことで、僕も初美ちゃんと同じく、 「ここに初美ちゃんがいればいい」って素直に思えるようになったから。 つくづく自分で自分に呆れ、苦笑いが出るよ。 でも初美ちゃんの「私には行也くんだけ」という言葉にのぼせ上がってる自分もいたり。(笑) ・ ・・男って(僕だけか?)単純だな。 メールありがとう。今夜はぐっすり眠れそうだよ。 PS 来週の月曜日、都合がよければデパートに行こう。 いつもの時間に、いつもの場所で待ってるよ。 昨日サボッたツケで23時まで残業してた行也より |
よかった。ほっとした。 私のこと信じてくれて、ありがとう。 仕事ももうサボらないって約束してくれたし、 ほんとにもう、荒れたりしないでね。 私に服をプレゼントしてくれるの? うれしい! 行也くんが選んでくれる服を着て、いっしょに歩きたいな。 鎖骨を強調するような服を選んでもらおっと。 私の知らない間に上から胸元見てたバツ(笑) なーんて、もしそういう服を選んでくれても、 行也くんにしか見えないように隠すもんね。 (行也くんの腕に巻きついて歩いたら、うまく隠せるかな?) 私からもいつか行也くんにプレゼントできたらいいな。 2回目の記念日…来るのかなって、ちょっと不安になったりしてる。 気が早すぎだと思う? 初めての記念日もこれからなのにね。 ショットバーに連れていってくれるの、楽しみにしてる! そういうお店、行ったことないからうれしい。 私、けっこういろいろ知ってそうって言われるけど、 そんなことなくて、知らないことの方が多いよ。 私もあんまりお酒強くないんだ。すぐフラフラになっちゃう。 ビールや日本酒は苦手だけど、カクテルは好き。 あんまり夜遅いと出歩くの怖いので、 ちょっと早めに帰るかもしれないけど…。 (今、事件ばかりでしょ。男の人だって刺されたりしてるし…) ビートルズを聴きながら、ゆっくり過ごしたいな… 行也くんといっしょに聴けたらすごく落ち着けそう。 それじゃ、来週の月曜日、いつものところに行くね。 追伸:行也くん、どんな私でも好きでいてくれるよね? 初美 |
あの服、初美ちゃんはどんなときに着てくれるんだろう、って想像しながら過ごしているよ。 試着室から出て来たときの、恥ずかしそうな顔が忘れられない。 普段着には少し派手過ぎるし、仕事に着て行くには通勤途中で痴漢に狙われそうな服だしね。(笑) やっぱり僕とのデート専用の服にして欲しいな。 初美ちゃんが腕に巻きつく前に、僕が初美ちゃんの肩を引き寄せて誰からも見えないようにガードするから。 初美ちゃんには寒色が似合う、ってつくづく思ったよ。 それは初美ちゃんの誕生石、「アクアマリン」に関係してるのかもしれないね。 どの青とも違う、澄んでいて爽やかで涼しげな、あのアオ。 去年の冬に初美ちゃんが着ていた水色(というか、僕に言わせればアクアマリン色)のコートもそう。 初美ちゃんの童顔が、少しだけ艶めいて見えるんだ。 ・・・なんて年下に言われたくない?(笑) それに、黒や茶なんかの地味なコートを着ている人ごみの待ち合わせ場所でも、 そこだけ色がついたように、遠くからでも小さな初美ちゃんをすぐに見つけられたんだ。 セピア色の写真を、一ヵ所だけ加工したみたいだった。 ・・・実は昨日、僕の誕生日だったんだ。 黙っていたのはプレゼントを催促するようで嫌だったのと、 初美ちゃんに歳を誤魔化していたからなんだ。 初めて会ったとき、渋々自分の歳を言う初美ちゃんに、 「なんだ、ふたつしか違わないんじゃん。」なんて嘘ついてたから。 ・・・怒らないよね? 実は・・・五つも下なんだよ。 初美ちゃんが「年下でもいい。」って言ってくれたのは嬉しかったけど、 まさか五つも下なんて、「男」というより「男の子」ってイメージだろ? 騙していたことに凄く罪悪感があったのと、そう受け止められるのが怖くて、 なんていうか・・・切り出せなくて。 ・ ・・で、何故今になってそんな話しをしたかっていうとね、 自分で自分にプレゼントを買ったからなんだ。 それは少し幅のあるプラチナの指輪で、真ん中に小さなアクアマリンが埋めこまれてる。 もちろんそれをつけるのは僕ではなく初美ちゃん。 なんだかんだ言って、やっぱりあの指輪の跡らしきモノのことを引きずっているんだ。 でもそれだけじゃない。 初美ちゃんがその指輪を身につけてくれることが、僕自身へのプレゼントだ、って思っているから。 だから、つけるのは僕と会うときだけでいい。 それから、二回目の記念日にはふたりで旅行に行けたらいいな。 行き先は初美ちゃんに任せるよ。 ・・・なんて、やっぱりかなり気が早いね。 そうそう。 アクアマリンは夜になると光り出す、って知ってたかな? 昼間の涼やかな雰囲気とは、まるで違う華やかな光りを放つんだ。 ヨーロッパの宝石商のあいだでは「夜の女王」って呼ばれているらしいよ。 ショットバーでのデートでは、アクアマリンの二面性を思わせるような初美ちゃんに 会えるのを楽しみにしているよ。 お互い酒には弱そうだから、雰囲気を味わうつもりで行こう。 早めの帰宅は了解だよ。 ホントは夜風に吹かれながら街灯の下を寄り添って帰りたいとこなんだけど、 それはまたの機会にするよ。 PS もちろん、どんな初美ちゃんでも大好きだよ。 行也 |
ずっとメールできなかった。 このこと、言おうか言うまいかずっと迷っていて、 どんどん日が過ぎていった。 行也くんのメールを何度も読み返して、 行也くんに買ってもらった服に顔をうずめて、 何度も泣いてた。 電話にも出ないでごめんね。 着信拒否にしていたのは、 行也くんのことが嫌いになったからじゃない。 逆よ。すごく好きだから。 だからこそ、もう声を聞いちゃいけないんだと思った。 行也くんの誕生日を教えてもらって、 ほんとはすごくお祝いしたかった。 5つ下なんて、関係ないよ。 だって行也くん、私より大人なんじゃないか、って 時々思うことがあるもの。 ほんとはこのメールだって、 出していいのかどうか、今もわからない。 でも、このまま自然消滅なんてできるわけないと思った。 黙ってそっと去っていくなんて、できなかった。 私は弱い人間です。 私はある妻子持ちの男性とつきあっています。 つきあっているといっても、もう愛情はない・・ 元々は援交から始まった仲なの。 でも途中からお互い本気になった。 けれど彼はお金があまっているのと、 援交が趣味みたいになっていて、 私がいても他の女の子との援交をやめようとしない。 でも、私だけは特別だって言う。 鳥かごに入れて飼うみたいに愛しているんだと言う。 彼は私の仕事が休みの夜、私の部屋に来るの。 行也くんが私の指に見つけた指輪の跡、 あれは指輪ではなくて、指枷の跡なの。 夏になり始めの頃、私は彼を追い返したり、 抱かれるのを拒否したりした。 そんな私に怒った彼が、 どこかから調達してきた指枷を私の左薬指にはめたの。 もちろんイヤがって逃げた。 中指の根元にある傷に気づかなかった? あれは、そのとき枷の角が当たってついた傷。 指枷をつけることに成功した彼は、私を外に連れ出したの。 枷から伸びた鎖の端が彼のズボンのベルトに結ばれていた。 連行される犯人みたいに、ふらふらずっとくっついて ただ街を歩かされたのよ。 彼は私が影のようにずっとついてくることを望んでいたから。 あの焼けた跡は、あまりに長い時間、外を歩き回ったからなの。 その1日で彼はとりあえず満足したみたいで、 もしこれからまた逃げようとしたら、ずっと指枷つけておくって言った。 私の職場は、あるレストラン。 キッチンに立つときもあるし、 ウェイトレスになるときもあるの。 時給のいい時間に働いているから、 平日の昼間はわりと時間ができてたの。 その分、土日はほとんど休めない。 それなら話してくれたってよかったのに、と思うかもしれないね。 ごめんね。もし話したら、お店に来てくれてたでしょ。 でも、ときどき土日に彼も来てずっと監視しているのよ。 そんなところで行也くんと彼が遭遇したら・・ 私は彼が恐かった。 逃げようとすればするほど、いろいろしてくる。 手段を選ばないようなところがある。 でも、このままじゃいけないんだと思う。 私には行也くんだけ、というのは真実。 でも、いくら彼への気持ちはまったくないといっても、 今の状態では、ウソをついていることになってしまう。 行也くんが教えてくれた、アクアマリンの持つ二面性、 それがこんな汚い二面性のままだと思ったら、 私は自分が嫌いでどうしようもなくなる。 もし、こんな私でもこれからも変わらずにつきあってくれるなら、 行也くんが買ったというアクアマリンの指輪を 行也くんの手で私の指にはめてください。 焼けた跡がもうすぐ消えるから・・ 逢うときだけじゃなくて、ずっとそのまましていたい・・ 行也くんのモトにずっといたいです。 私は影でいたくないです。 私は行也くんと逢っているときの自分が好き。 行也くんといっしょだと私は太陽みたいに笑っていられる。 でも・・もし、もう一切関わりたくないと思ったなら、 今度は行也くんが私の電話を着信拒否にして。 明日の夜に電話入れてみます。 初美 |
初美ちゃんからの電話を待たずにメールしてます。 まずは・・・話してくれてありがとう。 それを話すのに、どれだけの決心が必要だったかと考えるだけで胸が痛むよ。 何も知らなかったとは言え、初美ちゃんを泣かしてしまって・・本当にごめん。 中年のオヤジが、デパートの階段に座り込んでいる女の子を ホテルに誘うのが流行ってる、っていうニュースを最近のワイドショーで見たばかりでさ。 聞けば自分の娘より若い女の子にさえ、平気で援交を持ちかけるらしいね。 二日酔いだったのも手伝って、インタビューされてたオヤジの言葉を聞いたとたん、 ついに吐いてしまったよ。 僕は 初美ちゃんの指につけた傷と指枷の跡、 仕事場へ行ってまでの監視 そして・・・初美ちゃんを抱いたことに対する男への嫉妬と怒りで胸が潰されそうになっているよ。 どんなに小さくても、初美ちゃんのカラダに傷を残すことは絶対に許せない。 でも、今回ばかりは心を鬼にして言うよ。 決断を下すのは初美ちゃんだ。 指枷とその男の呪縛から解放されることを望むなら、 僕はどんな汚い手段を選んででも、初美ちゃんを奪いに行くよ。 神が魔物に変化したと言われるガーゴイルのように、たとえ醜く忌み嫌われる姿になったとしても、 僕は”初美ちゃんを守るためにここにいる存在”になりたいと思っているから・・。 今夜は携帯の電源を切っておくよ。 これはあくまでも着信拒否をしたいのではなく、これからのことを直接会って話したいから。 明日の夜、例のショットバーに行こう。 いつもの場所で、21時に待ってるよ。 前に言ったろ? 僕はどんな初美ちゃんでも好きだよ、って。 アクアマリンは僕のために買った指輪だ。 僕のためにはめてくれる、初美ちゃんに買った指輪だってこと、忘れないで欲しい。 僕は初美ちゃんを、僕の「影」としてではなく、僕の「光り」として愛していたい。 ただそれだけだ。 じゃ、 明日、初美ちゃんが来てくれることを祈りつつ・・・ PS 今の初美ちゃんに必要なのは勇気だ。 愛を育てるというアクアマリンの宝石言葉も「勇気」だよ。 行也 |