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モデル事業所の「宅老所」が一転、“危機”に(2008/1/28)

大規模な施設と違って家庭的な雰囲気の宅老所
 2006年4月の介護保険制度の見直しで新しいサービス「小規模多機能型居宅介護」(小規模多機能)が登場した。そのモデルとなったのが草の根の民間ケア「宅老所」で、今、改めてそのケア方式が再評価されている。

 通い、宿泊、訪問の異なるサービスを一手にこなすのが小規模多機能。参入した約1200の事業所にとって宅老所はその先駆者である。そんな宅老所が、もう一つの制度化の波に洗われ、「危機」ともいえる状態を迎えている。

有料老人ホームの枠内に

 実は今、有料老人ホームの事業者に変容を迫られているのだ。

 2006年4月に老人福祉法も改定されて、有料老人ホームの人数要件が撤廃された。それまでは、入居者が9人以下であれば、老人がひとつの建物で集団生活を送っていても、有料老人ホームとはみなされなかった。

 それが、法改定で人数の如何を問わなくなった。例え1人でも食事提供など生活サービスを提供していれば、すべての建物は有料老人ホームとなり、都道府県に対して届出義務が生じることになる。

 民家を改装した小さな規模の宅老所で暮らすのは、どんなに多くても7、8人だから、これまでは有料老人ホームとは無縁だった。ほとんどの利用者は、自宅から通ってきて昼食を共にしたり、入浴、散歩など日常生活を送る。利用者が重度化して自宅介護が続かなくなると、泊まりや長期滞在者も受け入れる。

 従ってその機能は、利用者から見ると「通って、泊まって、来てくれて、そして住まいにもなる」といわれ、その4機能を併せ持っているのが宅老所の特色である。長期の泊まりの延長線上に、「住まい」も提案されている。

 実際、全国の宅老所と名乗るところには、ずっと住みついている利用者がいるところがある。中には、本人や家族の要望でターミナルを迎える人もいる。住む人は少ないが、「とても自宅では一緒に生活を来ることが出来ない」と家族から頼まれれば、NOとは言えないのが宅老所の人たちだ。

都道府県によって対応に大きな格差

 法の改定から2年近く経過。全国の都道府県の対応をみると、バラバラなのが現実だ。

 9人以下の入居者がいる事業所に有料老人ホームの届出を出させているのは、全国で17県に達している。秋田、青森など東北6県のほか新潟、長野、群馬の東日本、島根、鳥取、山口の中国地区、長崎、大分などの九州地区に集中している。首都圏や近畿、中部圏などでは、9人以下の事業所があるのに、まだほとんど含めてはいない。

 岩手県内では、制度改定前の06年3月には7カ所しかなかった有料老人ホームが今では49カ所にも達している。山形県では、全52カ所の有料老人ホームうち16カ所が9人以下である。いずれも法の改定に忠実に従ったからだ。

 有料老人ホームになると、どのような法規制があるのか。

 厚労省が法改定で手直しした「有料老人ホーム設置運営指導指針」に基づいて、各都道府県は独自に指導指針を作成しており、その影響下に入る。厚労省の指導指針は、有料老人ホームの多数派である「介護付き」、すなわち介護保険の特定施設入居者生活介護を想定して作っているが、宅老所の「住宅型」にも同じように適応される。

 住宅型有料老人ホームは、地域の介護サービス事業所から訪問介護など在宅サービスを入居者が個々に選択して利用するタイプ。施設内職員が24時間常にかかわる介護付とは、サービスの投入法が全く異なる。

 その指導指針であるが、廊下幅など建物の構造や職員配置など実に細かく数字を挙げて様々の基準を並べ立てている。厚労省が、制度改定以前の指針をそのまま踏襲し、さらに内容を増やしたので、都道府県はそれに従っているのだ。

 改訂前は、「これらのハード基準を満たさないから有料老人ホームとしては認めない」と自治体が門前払いをしていた。そのため「類似施設」と呼ばれる一群の「疑似有料老人ホーム」が生まれた。それらの中に、一室に10近くをベッド並べ、在宅サービスの1割負担の上限いっぱいまでサービスを組み込む「悪質な囲い込み」事業者がいた。そうした事業者を制度内に取り込んで都道府県の監視下に置こうというのが今回、枠組を拡大した法改定の狙いであった。

 ところが、宅老所が同じ枠組に入ると、古い民家を活用した零細経営の事業者には到底対応できない基準がたちはだかる。例えば、13u以上の個室やスプリンクラーの設置、看護師の配置などである。このうち、入居者9人以下なら免除されるのが個室など建物基準であるが、消防関係や職員には特別の免除規定はない。

 とはいえ、現実に住宅型有料老人ホームの届出を出した宅老所に、こうした基準が自治体から強要されているかというと、そのような事実はまだ聞かない。

 自治体の中には「指導指針はあくまでガイドラインで順守義務はない。ただ、新築時には基準を守るように指導していく」と考えているところが多い。

 自治体の多数は、9人以下の事業所の把握にすらまだ取り組んでいない。法の改定があっても一朝一夕に変わっていないのが実態のようだ。

 では、有料老人ホームの網をかぶされても全く問題はないと言ってよいのだろうか。

 そうとは言えないだろう。いずれ、指導指針を浸透させようという動きが高まってくる。法治国家なら当然のことだろう。今回の改定で、都道府県には立ち入り検査の権限が新たに付与された。片方で、公取委から再三摘発されるような「偽広告」「おとり広告」を出す株式会社の事業者もいる状況では、同じ有料老人ホーム事業者として、基準順守の目が常に宅老所にも及んでくるのは間違いない。

「不適」のレッテルを貼る群馬県

 すでに、群馬県は、有料老人ホームが46施設あるとホームページ上で示しており、そのうち7施設について「指導指針」の欄で「一部不適」と掲示している。他の39施設は「適合」とある。

 全46施設のうち、入居者9人以下の施設は4施設で、そのいずれもが「一部不適」とされている。「不適」と、県庁からレッテルを貼られてしまうと、いかにも「法基準違反」と受けとめられかねない。本当にそうなのか。

 指導指針とは、厚労省の「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」のこと。その指針が定める基準に、「個室や廊下幅などハード面が適合していないので『一部不適』にしている」と群馬県健康福祉部介護高齢化では説明する。

 9人以下しか入居していない小さな建物に、有料老人ホームの一般基準をあてはめると、結果としてこのようになってしまう。基準がこうした小さな施設を想定して作られていないから当然のことである。

 それで、一方的に「不適」という烙印を押されてしまうのは、いかがなものだろうか

宅老所の「逸脱」ケアが新制度として登場

 こうした監視の目は、宅老所本来の利用者側に立った融通無碍(ゆうづうむげ)の自由闊達な活動を萎縮させかねない。それが心配だ。通所介護の終了後に自主事業の泊まりを始めたのは、利用者本位を掲げる宅老者ならではの「逸脱」活動であった。

 実はこの「逸脱」があったからこそ、小規模多機能という新サービスが誕生したのである。

 全国6000カ所近い特養の通所介護では、いまでもこうした「デイ+泊まり」を実施していない。運営者がいずれも社会福祉法人だからだ。利用者本位とはかけ声ばかり。利用者の生活を本気になって見守り、手を差しのべようという本来の社会福祉活動を見失っているからである。

 目の前の株式会社が土曜日の通所介護を始めているのをみて、あわてて追随した社会福祉法人も多い。そんな社会福祉法人の特養などから離職し、飛び出した人たちが宅老所を生み出してきた。

 ところが指導指針は、有料老人ホームの「介護付き」、すなわち特定施設入居者介護の事業者を想定して作られており、特定施設は特養と同じような建物構造や職員配置を求められる。ということは、折角、「利用者のためのケア」を志して特養を飛び出したのに、再び、特養の基準が追いかけてきたことになる。皮肉なことである。

 新たな規制が、宅老所の築いてきた手作りの個別ケアやそのエネルギーを奪うことにならなければいいのだが。なにしろ、その活動は欧米にない日本独特の斬新なケアスタイルなのだから。


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