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育児:スウェーデン・子育て事情 パパ、積極的に楽しく 育児休業が浸透

 この10年ほどで出生率1・5から1・85まで回復したスウェーデン。そこには、父親たちが生き生きと育児を楽しむ姿があった。かの国の「男女共同」の現場をリポートする。【ストックホルムで和田明美】

 ◆昼下がりの図書館、娘と鬼ごっこ--「エキサイティング」育児休業浸透

 ◇家族が一つに

 音楽番組テレビ局チーフのボウ・トールップさん(32)は、娘オリビアちゃん(2)が13カ月の時から5カ月の育児休業を取った。「エキサイティングだった。世界観が変わった」と興奮気味に話す。そして「育児で自分の気持ちがどう変わったのか、図にしてみるよ」とペンを取った。「育児をするまでは、妻と生活の一部分だけを共有している感じだった」と言い、紙に自分と妻を表す二つの円を描き、それぞれの両端だけを重ね合わせた。「育児をしたら、家族が一つになった」と、2人を表す円の周囲を大きな一つの円で囲った。さらに「友人らの間では、父親の育児休業は当たり前。『(休業の間は)フットボールが見られる!』なんて喜んでる」と話す。

 妻のエマさん(35)は、14カ月の育児休業を取った。「娘の夜泣きで寝られず、つらかった。家にいて時間があるので『どうしたら良い母親になれるのか』と考え、ストレスになった」という。しかし、ボウさんが育児をしてくれて落ち着いた。「父親が育児をするのは良いこと。娘が両親から愛されていると実感できると思うし、彼女の安心感につながると思う」とほほ笑んだ。

 ◇3割が子連れ父

 父親の育児参加の多さを実感できる場所があると聞き、訪ねてみた。午後3時過ぎ、ストックホルム市中心街にある子どものための図書館。乳母車の乳児に離乳食を与える父親など、父子2人の姿が目立つ。来場者全体の3割程度が父の子連れだった。

 はしごが架けられた本棚に登り、「パパ、パパ」と父を呼ぶ女児がいた。そばで父親は真剣な表情で携帯電話で通話中だ。市内に住むフリーランスカメラマン、カール・フォンハウスフルさん(37)。電話で仕事の打ち合わせをしていたのだという。妻は仕事中。時々、この図書館に3歳の娘と来る。記者と話し終わると、娘と本棚の周りで鬼ごっこをしたり、ぬいぐるみでじゃれあったり、喜々とした表情で娘と遊んでいた。

 ◇公園が交流の場

 スウェーデンで最高部数の夕刊紙「アフトンブラーデット」で子育てについて書き、自身も育児休業を取った男性記者ビヨルン・ソルフォースさん(32)は言う。「父親が育児休業を取るのは、2、3年前までは違和感があった。けれど、いまはストックホルムでは普通になった。公園で子連れの父同士が会うと、映画や車など趣味の話になって、父親の交流の場になってるよ」

 ◆制度的な背景

 ◇休業保障、所得の8割/家事は半々/育休取得へ介入

 では、この状況はどうやって生まれたのか。制度的な背景を、三つの観点から考える。

 ◇父親の育児休業

 スウェーデンでは70年代、女性の社会進出が顕著になり、出生率は70年1.9、80年1.7と減り続けた。政府は74年、180日の休業に所得保障をする育児休業制度を始め、数年おきに休業日数を増やしたが、減少傾向は止まらなかった。

 このため95年、育休制度に所得の8割保障と「450日休業のうち1カ月は父親が取るべきだ」と付記。以降、父親の育休取得率は伸び、97年に10%になった。それでも出生率は改善せず、99年と00年は過去最低の1.5を記録。政府は更に02年、育児休業を480日※に増やし、「うち2カ月は父親が取るべきだ」とした。

 こうした施策の結果、06年には父親の育休取得率が2割を超え、呼応するように、出生率も06年1.85まで回復した。ちなみに、日本での男性の育休取得率はわずか0.5%だ。

 ※現在は480日の休業のうち390日について、所得の最大80%が国の予算から支払われる。

 ◇社会的性差の排除

 ストックホルムにあるプレスクール(保育園)「グレーンクンレン」は日中のほか、夜働く親のために午後6~7時ごろから預かり、翌朝6~7時ごろに親が連れ帰るナイトケアも行っている。このスクールでは、社会的な性差による役割(ジェンダー・ロール)を排除するための教育を4年前に始めた。「たとえば仕事をするのか家にいるのかなど、周囲の価値観に振り回されず、自分の意思で物事を決められる大人になるため」というのが目的だ。「男児は力強くあるべきだ」「人形遊びは女児がするもの」といった固定概念を取り払い、男児に人形を与えたり、女児が重い荷物を棚に載せたりした時も「強い子ね」とほめたりしている。

 以前からジェンダー・ロールに関する意識は日本と差異がある。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という考えについての調査では、スウェーデンは賛成が女性4.0%、男性8.9%▽反対は女性93.2%、男性88.2%(02年)。これに対し日本では、賛成が女性39.8%、男性50.7%▽反対は女性56.9%、男性46.2%(07年)だ。冒頭で紹介したボウさん夫妻は、家事の分担も「夫婦で半々」。ボウさんは「家事はぼくにとって難しくない。母親は強い女性で、子どものころから自分の服を洗濯し、掃除をさせられたりしていたからね」と話した。親の意識が子どもに反映する実例と感じた。

 ◇機会均等オンブズマン

 スウェーデンには、「育児休業が取れない」といった相談を無料で受け、解決への介入をする「機会均等オンブズマン」という組織がある。代表は政府から指名されるが、政府から独立した組織だ。現代表は、元検事のアン・マリー・ベリーストロムさん。弁護士や元ジャーナリスト、元NGOメンバーら35人がスタッフとして従事する。相談を受けると、オンブズマンが組合や雇用主と交渉する。それでも不調の場合は、裁判所に訴えるためのサポートをする。男女機会均等の意識を広めるための調査、広報活動も行っている。

 日本では、各都道府県に置かれた労働局の雇用均等室が相談を受け付けている。

 ◆父親の育休、当たり前の日本に

 高い休業保障で父親の育休取得は増えたが、それでも出生率は回復せず、父親の育休が「普通」になったころから出生率が回復したスウェーデンの例は、「なるほど」と思えた。日本のように、出産一時金や児童手当を増やすようなやり方で、働く女性が子を産みたくなるとは思えない。仕事と子育ての両立には、夫と社会のサポートが必要で、父親が育休を取るのが当たり前の社会になり、夫婦で子供を育てる環境が整わなければ、出生率(06年で1・32)の回復は望めないと思う。

毎日新聞 2008年1月30日 東京朝刊

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