<日本人らしさの再発見>

対談新世紀21

(株)アシスト代表取締役 ビル・トッテン
本誌編集主幹 増田俊男

【戻る】

日本はアメリカの占領政策から いまだ自由になってはいない。 日本の伝統的な価値観を、”戦前の思考”として斥ける勢力が根強く残っている。 トッテン氏はそうした風潮に警鐘を鳴らし、 自信を失った日本人を強力に後押しする。 増田主幹との対談の中に、日本人らしさを再発見した。

Bill Totten (プロフィール)

 1941(昭和16)年、米カリフォルニア州生まれ。カリフォルニア州立大学卒業後、ロックウェル社を経て、システム・ディベロップメント社(SDC)に勤務。1969年、SDCに在籍中、南カリフォルニア大学で経済学博士号を取得。同年SDCから市場調査のために来日。1972年、株式会社アシスト設立、代表取締役に就任。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

増田

ビル・トッテンさんはアメリカ生まれの白人でありながら、日本を愛し、日本で長い間暮らしておられます。一方、日本人である私は、20代の半ばでアメリカに渡り、そのままアメリカで20年間暮らしてきました。トッテンさんと私は、ちょうど反対ですね。

トッテン

増田さんが日本を出た時期と、私が日本に来た時期はちょうど重なるようです。増田さんのアメリカでの拠点はどこだったのですか。

増田

拠点をカリフォルニアに置いて、車に布団と畳を積んで、全米を売り歩いたんです。

トッテン

いま全米に布団ストアーがありますが、もしかしてその始まりが増田さんですか?

増田

マンハッタンに布団ショップを初めて作ったのが私なんです。私がニューヨークに1年半いる間に、布団を売る店が44もできました。そこでカリフォルニアのオレンジ郡に布団と畳の製造工場を作ったんです。そして車に布団と畳を積んで、全米で開かれるカウンティーフェア(郡の博覧会)の予定に合わせて売りに歩く。売れた成果を地元の家具屋に示して、畳と布団の委託販売契約を取り付ける。それを全米でやったわけです。

トッテン

富山の薬売りみたいですね(笑)。しかしだからこそ市井のアメリカ人と知り合うことができたんですね。私の会社はコンピュータ・ソフトウェアの販売をしていますが、創業当時は営業マンは私ひとり。そのおかげで私も増田さんと同じように、多くの普通の日本人と知り合えたのだと言えます。 

増田

日本のどんなところが好きになったのでしょう。

トッテン

日本人はやはり柔和だと思います。日本人の精神、考え方は豊かですよ。日本にいると精神的に非常に楽です。アメリカで会社勤めをしていた頃の私は、いつもイライラしていました。周囲を警戒していたとさえ言えるかもしれません。そのせいか、来日した当初はわがままだったようです。しかし日本人の中で生活することで、礼儀正しさを身につけてきたと自覚しています。精神的な豊かさは、日本人の誇るべきところだと思います。

増田

私はアメリカで街中を歩く時、いつの間にか死角を避けるような習慣がついていました。もちろん強盗の難を逃れるためです。無意識のうちに体が緊張していたんですね。ですから日本に帰ってきたときは、羽田でボーっとしてしまった記憶があります。アメリカではどこから弾丸が飛んでくるか分からない緊張感がありました。日本に帰ってきて初めて、アメリカでは毎日緊張していたということが分かりました。私が太ったのは日本に帰ってきてからのことです。

トッテン

しかしそれは幸せなことだと思います。私は10年ほど前から京都に住んでいますが、京都に戻ると「帰ってきた」という安心感に包まれる自分に気づきます。私にとって日本は、アメリカよりもいろいろな意味で豊かだと感じます。特に京都は自然が多く、生活に土の匂いを嗅ぐことができるところが気に入っています。

増田

しかし6年前に帰国した時に日本に感じた違和感が、今も私の中で拭いがたくあるのも事実です。私の知っていた日本はもうなく、まさに "Lost Country" の心境でした。

トッテン

その心境は私にとっても共通のものです。近ごろの日本は、自らの美点を放棄しているように見えます。

増田

トッテンさんが来日した頃の日本に比べ、いまの日本はどう変わってしまったと感じていますか。

トッテン

一言で言えば、社会秩序を維持するための、最低限の枠を取り払おうとしていることは、大きな間違いだと思います。私が来日したのは、日本の高度成長期に当たります。確かに日本社会も競争は激しかったですが、銀行は規制され、談合も認められていました。つまり規制の中で健全な競争をしていたと言えます。

しかしアメリカの意向によって、平成元年ころから日本が進めている規制緩和は、情け容赦のない弱肉強食の世界を作りつつあります。いま日本が進めているのは、共産主義の対極にある極端な競争社会であって、とても賛成はできません。

増田

私はアメリカで徹底した競争社会に身を置いていました。競争のメリットとは、知恵を絞ることによって新しいものを創造することにあります。競争がなければ、社会に努力もなくなります。しかしアメリカがやろうとしているのは、国境をなくし、その世界市場で何のルールもなしに競争しようとすることです。アメリカは日本に対しても、グローバルスタンダードに従って規制を撤廃し、自由競争の圧力をかけています。日本ではグローバルスタンダードがまるで標語のように言われますが、これはアメリカの戦略だということを理解すべきです。それに引き換え日本は、戦略とは何かさえ理解していません。

トッテン

日本はアメリカの言うことを信用してはいけないと気が付くべきです。自由競争と言いながらも、アメリカは日本に自動車輸出の自主規制を働きかけたこともあります。それとは逆に日本に対しては強硬にコメ市場の開放を求めました。口では自由貿易を信奉しながらも、実際に行っていることは保護貿易そのものであり、日本の輸出から国内産業を守るために、さまざま政策を取っています。アメリカの言う自由競争とは、アメリカにとっての自由を意味するのです。

増田

日本の鉄鋼製品に対して、事実上輸出禁止と言える莫大なダンピング関税を適用していますしね。偽善の国と言っていいでしょう。大統領選もまたその顕著な一例です。いくらアメリカの選挙は市民のボランティアによって成り立っているクリーンなものだとデモンストレーションをしても、実際は選挙に莫大な金がかかっていることは疑いようのない事実です。

トッテン

先の大統領選でも、報告されただけでも500億ドルの金が計上されています。もし日本人がアメリカの選挙は金がかからないと信じているならば、それは本当のアメリカを知っているとは言えません。テレビや映画のアメリカを、現実だと勘違いしてはいけません。

増田

アメリカという国は、発言と行動が伴わないのですが、逆に分かりやすいとも言えます。今回ブッシュ大統領が来日した目的は、当然アメリカの国益を確保するためです。そこには必ず利益計算が働きます。一つの目標を設定し、それを達成するためにはどうしたらいいかを考える。ブッシュ大統領は小泉首相を「稀に見るリーダー」と心にもない言葉で褒め称えていますが、意図は見え見えです。

トッテン

この場合のアメリカの国益とは、アメリカ国民の利益ではなく、大統領の椅子を金で買った企業の利益ですね。

増田

その通りです。ブッシュ大統領の今回の来日は、アメリカの軍産複合体の利益を代表したものです。つまりブッシュ大統領は、今後本格化してくる中東戦争の軍費調達のために日本までわざわざやって来たというわけです。日本人はアメリカの発言を裏読みして、彼らの戦略を理解することに慣れていません。日本人に戦略を理解することを期待する方が間違っています。

トッテン

日本はアメリカをかけがえのない同盟国だと思っているようですが、アメリカは "we have no friend, we have only interest" と言っています。自分たちに利益をもたらさないものは簡単に切り捨てます。日本も当然のこととして、さまざまな選択肢を検討するべきなのです。

増田

アメリカがやっきになって提唱しているグローバルスタンダードに対しても、まさにそのことが言えます。恍k合揩ニ言えば、まるで自由競争の実現を阻む悪の権化のようにアメリカは批判しますが、あのシステムは日本人の精神に根づいた分かち合いを実行しているのです。確かに規制緩和も必要ですが、欧米社会とは成り立ちの違う日本の社会に、そのままの形で規制緩和を持ち込めば、結局は少数の強い企業が仕事を独占してしまうことになります。

トッテン

行き過ぎた競争社会がどれほどの貧富の差をもたらすかを示したマイケル・マッキンレー氏(オーストラリア国立大学教授)の論文があります。それによると、アメリカでは上位5%の人々が、米国正味資産の62%を独占しているそうです。残りの38%の資産を全人口の95%に当たる人々が分け合っている状況です。これではとても健全な競争社会とは言えません。

増田

トッテンさんの会社では、行き過ぎた競争の弊害を排除して、うまく競争の利点を採り入れているようですね。

トッテン

社員同士がチームを組むことによって、協力関係を築けるような土壌作りを心掛けています。社員の収入増につながる生産性の向上、あるいはそのための競争意識は必要ですが、社員数を減らさざるを得なくなるほどの生産性の向上は避けるべきです。すべての企業には、働く能力と意志のあるすべての社員に対して、完全雇用を提供する責任があると考えています。社員のリストラが必要になるほど競争心を煽り立てることは、企業にとっては有害と言えるでしょう。

増田

同じことが日本社会にも言えます。これこそが私が帰国した時に感じた違和感であり、トッテンさんが懸念していることなのです。1970年代までの日本は非常にうまく機能していました。しかしそれ以降の日本は、自らの良いところを進んで捨て去り、競争至上主義的なアメリカ型の経営を持ち込んでいる。グローバルスタンダードという言葉が叫ばれるようになると、その傾向はますます顕著になりました。しかしそれは却って日本経済の世界市場での競争力を弱めるばかりか、日本の風土に根ざした日本人らしさまでも奪い取ってしまいました。この結果、日本社会は極めて無責任な主張が罷り通るようになってしまったのです。

トッテン

かつての日本では、そうした弱肉強食の社会にならないように、儒教の精神が人々の教育に生かされていました。強者は自らの力を自分勝手に使うのではなく、みんなのために使わなければならないと教えられてきました。そうした精神的基盤があったからこそ日本の高度成長は可能であったことを、日本人にもう一度思い出して欲しいのです。

増田

アメリカの真似をするより前に、日本で成功した先輩方のことを勉強し直すほうが先です。何しろ日本の高度成長とは、どんな経済戦略より優れ、歴史においても評価が高いのですから。

トッテン

高度成長期の日本経営を深く学べば、いかに日本の伝統的価値観が生かされていたかが分かるはずです。この時代の日本はアメリカ流資本主義の対極にあったと言えます。ですから私は、アメリカの弄するグローバルスタンダードの甘言に惑わされずに、日本人は自信を持って自分たちの伝統的な価値観を再評価すべきだと考えているのです。