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生命尊重村長の女房役の葬儀 古沢襄

西和賀町の浄円寺で故佐々木吉男元沢内村助役の葬儀が25日行われた。このお寺には「生命尊重」の旗印を掲げた深沢晟雄元村長の墓がある。深沢氏の女房役だった佐々木氏の旅立ちを送るのにもっとも相応しい葬儀の場となった。

本来なら私も葬儀に駆けつけて自ら弔辞を読まねば立場にある。西和賀町の人たちも、それを望んでいた。だが骨髄腫におかされて療養の身をかこつ私には、それが出来ない。乞われて弔辞をしたためた。西和賀町の高橋定信副町長に私の弔辞を代読して頂いた。

西和賀町の町民から早速「古沢翁、死ぬなよ」と激励のメールを頂戴した。まだ旅立つつもりはない。杜父魚ブログで毒舌を書き連ねる元気を失っていない。秋が去り、冬が訪れ、春を迎えたら浄円寺で深沢元村長と佐々木元助役の墓詣でをするつもりでいる。

                弔辞

                          杜父魚塾 塾長 古沢 襄

佐々木吉男さん。私にとって父のような存在であった吉男さんが旅立たれて、深い悲しみに閉ざされております。吉男さんにお会いしたのは平成九年の五月でした。茨城の私の家に訪ねてこられて、作家の一ノ瀬綾さんも加わって一夜の楽しい歓談でした。

その夜「玉次郎さんは男気のある秀才でガンシタ」と父・古沢元のことを話して頂きました。吉男さんは新町小学校で父と一緒だったといいます。四歳違いますが、父は高等小学校までおりましたので、四年間机を並べたことになります。

それ以来、沢内村を訪れる私は、いつも吉男さんと同じ宿、同じ部屋で吉男さんの昔語りを聞くのが、何よりもの楽しみになりました。時々「ほら、玉次郎さんが見ている」と天井の片隅を指して、それから沢内村の長い苦難の歴史を語ってくれました。

深沢村長の女房役として、助役の吉男さんは深沢村政の隠れた功労者です。惚れ込んだ人には、身を挺して尽くすのが、吉男さんの身上でした。そして興が乗れば、西田佐知子の「アカシヤの雨に打たれて・・・」の唄を艶やかな声で唄ってくれました。

吉男さんは斗酒なお辞さずの酒豪でした。米寿までは一升酒を飲んでも酔わずに、頭がなお冴える人でした。画家の小角(こすみ)又次さんと湯本で飲み比べをしたことがあります。さすがの小角画伯が「うわばみの吉男老には敵わない」と音をあげてしまいました

「吉男さんの肝臓は日本一」と加藤邦夫先生から折り紙をつけられたのが、何よりもの自慢でした。銀河高原ホテルで吉男さんの米寿の祝いをしたことがあります。米寿になったのだから、吉男さんにはあまり飲ませては身体に障ると回りの者が心配して、吉男さんの前にはお湯の入ったお銚子を一〇本並べておきました。

隣に座った私には、お湯のお銚子を勧めながら、自分はしっかり本当のお酒を楽しんでいました。時々、トボケタ振りをしてみせる茶目っ気豊かな吉男さんでした。お湯入りのお銚子をどうやって見分けたのか、今も謎です。カンが鋭い人でしたが、それを表に出さない達人でした。

年をとったら「ボケた振りをするのが、長命のコツ」と私に教えてくれたこともあります。五月に吉男さんとお会いしましたが、本当にお元気でした。ボケた振りをしながら、百歳まで生きる人だと信じていただけに、吉男さんの早過ぎる旅立ちが残念でなりません。

今は冥界で深沢村長、古沢元、新劇俳優の森幹太さんらと車座になって、酒を飲んでいるのでしょう。今度は吉男さんが天井の片隅から西和賀町の行く手を案じながら、見守っていてくれていると思います。ご心配をかけません。吉男さんのご期待に添うべく、遺された者が一生懸命に頑張ります。どうか安らかにお眠り下さい。
コメント
佐々木吉男翁のご冥福をお祈りいたします。

深沢村長と佐々木翁が心血を注いだ、生命尊重行政の拠点である、沢内病院に、新院長田中裕良氏が決定したとのこと、めでたいことですが、ひとつ、気になる情報があります。
平成18年4月12日の埼玉新聞の記事です。

「反発され暴行」
父親、昨年2月まで医師
川口の小4虐待

 小学四年の長男(9つ)を鉄の棒で殴るなど虐待した事件で、傷害容疑で逮捕された川口市飯塚三丁目、父親の無職田中裕良容疑者(45)が川口署の調べに対して、「昨年二月まで医師として働いていた。長男が言うことを聞かず、注意すると反発したので暴行した」と供述していることが十一日、分かった。
 田中容疑者の供述によると、同容疑者は大手生命保険会社で保険加入者を診察する非常勤の医師として働いていたが、体調不良や家庭の事情などで昨年二月ごろ辞めた。
 その後は貯蓄で生活していた。同容疑者の妻は看護師だったという。
 
 田中容疑者は長さ約一メートルの鉄の棒で長男の全身を殴ったり、画びょうで両足の裏を刺すなどの暴行を加えたとされる。
 長男の背中や足など全身には数十カ所の殴られたあとがあり、足裏にも多数の傷があった。
 田中容疑者の妻は約一カ月前に家を出たが、長男は以前、同容疑者と母親のネグレクト(養育放棄)のため、上尾市の児童相談所に預けられたことがあったという。
 
埼玉新聞
http://www.saitama-np.co.jp/news04/12/11x.html



児童虐待:小4長男を鉄棒で殴る、45歳父逮捕 埼玉 
小学4年の長男(9)を鉄棒で殴るなど虐待し重傷を負わせたとして、埼玉県警川口署は8日、川口市飯塚3、
職業不詳、田中裕良容疑者(45)を傷害容疑で逮捕した。

 調べでは、田中容疑者は7日午後、自宅で数時間にわたり、長男の全身を鉄棒で殴ったり、画びょうで両足の裏を刺すなどして、右手人さし指骨折や全身打撲で2カ月の重傷を負わせた疑い。足の裏には数十カ所の傷があった。田中容疑者は容疑を認めているという。

 長男は事件後、バスと電車で、自宅から約10キロ離れた県南児童相談所に「けがをした」と駆け込んだ。診察した医師が虐待の疑いを指摘、相談所が県警に通報した。

 田中容疑者は、妻と長男の3人暮らし。妻は約1カ月ほど前に家を出たという。【山崎征克】

毎日新聞 2006年4月8日

そのほか、読売、共同通信にも同様の記事がありますが、田中容疑者は、最初、「無職」だと主張していたようです。

厚生労働省のホームページの医師等資格確認検索では、「田中裕良」で医籍登録されている医師は、ただ1人でした。
  • さわうちの子
  • 2008/01/02 6:25 PM
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