東京は地震リスクが飛び抜けて高い(撮影:大倉寿之) おもだった地震を挙げると、津波で100人の犠牲者を出した1983年の日本海中部地震(M7.7)。奥尻島の沿岸部が津波と火災で壊滅状態となった1993年の北海道南西沖地震(M7.8)。都市直下の断層が動き、6000名を超える犠牲者を出した1995年の阪神・淡路大震災(M7.3)。交通路を寸断し集落を孤立させた2004年の新潟県中越地震(M6.8)がある。昨年も中越沖地震(M6.8)が起きた。これら以外にも、釧路や鳥取、福岡などでも大きな地震が起きている。 私たちは近年の震災の記憶を忘れることはない。なぜなら、日本列島に住んでいる限り、どこにいても地震災害に見舞われる危険性があり、ひとごととは思えないからだ。 日本列島のあたりで複数のプレートがぶつかりあい、潜り込み、エネルギーを蓄積させている。周期的にプレートの跳ね返りによってエネルギーを放出しては、大地震が発生するメカニズムを私たちは知っている。東海地震、東南海地震、南海地震などである。また、こうしたプレートの動きが、日本列島の地層に「活断層」という傷を無数に生み、これがいつ動き出すとも知れない状態にあることも知っている。 したがって、地震に関するニュースには敏感にならざるを得ないし、震災に遭われた人たちには支援の手を差し伸べることになる。 最初に挙げたような近年の大震災の記憶はあっても、過去のものとなると、学校で学んだ知識に頼らざるを得ない。そして、その知識は、専門家などをのぞいては不確かである。 1923年9月1日、10万人を超える死者・行方不明者を出した関東大震災であっても、ほかの歴史上の出来事と同じように覚える程度だろう。特別に深く掘り下げて学習したという人はどのくらいいるだろうか。今に続いているとすれば、毎年9月1日に防災訓練が行われることであろう。 首都圏直下で大震災が起これば、交通機関がストップし、帰宅難民が大量に発生する。そのため、何時間もかけて職場から自宅まで歩いて帰る訓練に参加する人もいる。ただし、一度にたくさんの人が寸断された道路や、がれきに埋まった町を進む行動を起こすと、かえって混乱が生じるため、安全な場所に一時的に待機させる誘導訓練も行われている。 こうした用意された訓練に参加するのもよいが、思えば日本列島はそもそも地震とは無縁では暮らせない土地である。震災の痕跡をたどれば、過去にどこでどのような地震があったのか、明らかにできるはずだ。そうして、自分が暮らしている場所のリスクをある程度予想できるだろう。 地震の学問を知っていますか? 吉野山からの眺め。奈良時代にも地震の記録がある(撮影:大倉寿之) 日本は世界でも有数の地震国にして、過去千数百年にわたる文字記録を古文書として持っている。そこにある地震に関する記述を拾い上げていくのである。また、埋蔵文化財の発掘などに際して、断層・地割れ・地滑り・液状化現象などのあとを見つける。こうして、日本の大震災の歴史を明らかにするのが地震考古学である。 最近、『地震の日本史』(寒川旭著・中公新書2007)を読んで、認識を新たにした。巨大地震の心配が高い首都圏に暮らしていながら、こうした学問分野があることを知らなかった。 来るときは来るのだからという半ば開き直りの心境とともに、「3日分の食糧や飲み水、ラジオ、懐中電灯などを用意しておけばいいだろう」くらいに考えていた。しかし、地震考古学の知見は、縄文時代から今に至るまで、これほどの大地震の痕跡が日本各地にあるのかと、驚きをもたらした。 この本では、縄文時代からはじまって、飛鳥時代、平安時代、江戸時代、近・現代と時代をくだってくる。ひたすら各地の地震の様子を記述しているのだが、現代に近づくにつれて文字記録の充実ぶりもあって、具体的になっていく。 地震が周期的に起こっている場合、M7クラスの大地震が37年前後の間隔で起きている宮城沖のようなところもあれば、1000年単位というところもあり、さまざまである。また、文字記録にもなく、堆積(たいせき)層があつくて活断層が見つからないが、突然に大地震が起きる恐れも考えておかねばならないところもある。 そういっても、誰しも、自分が今住んでいるところのリスクを知りたいと思うだろう。この本には、実に多くの例が北海道から沖縄まで収録されているので、参考になると思われる。 ちなみに、私が生まれ育った場所が、ずばり大地震の記録を地層に残しているのには、さすがに怖くなった。私自身は、今はその土地を離れているのだが、両親が今でも在住しているので、注意喚起の電話をした。 ただし、過去に頻発しているわけではないので、明日にも起きるかもしれないこととして移住まで勧めるか、耐震対策をしっかりやって備えを万全にするべきか、判断に迷うところだ。地盤がどの程度強いかにもよる。 住居選びは慎重に 本書を通読して教えられるのは、新たに住居を構えるなら、活断層の存在が明白なところ、それも過去に何度も動いているようなところは、絶対に避けるべきこと。縄文期に海水面が高かったころ海の底にあり、その後の土砂の堆積で生まれた土地は地盤が弱いので揺れに脆弱(ぜいじゃく)であること。もちろん、近・現代になって人によって埋め立てられた土地は危ういこと、などである。 別のところで、地名に水に関連する文字があるところは、かつて湿地帯であったり、洪水のはんらん源であったりして、地盤が弱いと聞いていた。本書に出てくる地名で、震災の痕跡の残るものには、水に関する文字が含まれている例が多く、やはり震災に弱いとの印象だ。一方、震源から近い場所でも、地盤が固いところでは、被害が小さくて済んでいる例が報告されている。 私が現在住んでいるところは、かつては台地であったところであり、縄文時代にも海の底であったことはないようである。しかし、職場はかつて海であった場所にある。関東に住んでいると頻繁に有感地震があるが、全体として地盤が弱いのが分かる。堆積層があつすぎて、東京都は立川断層くらいしか明らかになっていないが、未発見の断層が地中深く埋もれている恐れがある。 地震のリスクと向き合う 首都直下型地震による経済的損失は最悪の場合、112兆円にもおよぶという試算がある。ちなみに、阪神大震災の場合約17兆円であった(参考文献3)。首都直下のM7クラスの地震発生確率は、30年以内で70%とされている。 また、近年、東海地震、東南海地震、南海地震というM8クラスの巨大地震が同時発生する懸念があると報道されることが多くなっているが、地震考古学によれば、これらの連動性はとても高く、単独で起きる方がむしろ少ないことが分かる。 そうして、2004年12月26日に20万人を超える死者・行方不明者を出したスマトラ島沖地震が思い起こされる。同地では、その後も大きな地震が続いている。日本の近海でも、プレートに沿って連続的に巨大地震が起きてもおかしくないと暗示しているのかもしれない。 昨年12月に高知県を訪れる機会があったが、南海地震への注意喚起が非常にしっかりなされており、東海地震や首都圏直下型地震など複数の震災のリスクを背負っている東京を上回っていると感じた。 ちなみに、海外の再保険会社が、世界の主要都市における自然災害のリスクを数値化しているが、東京・横浜が飛び抜けて高く、スコア710である。2位はサンフランシスコでスコア167。以下、ロサンゼルス100、大阪・神戸・京都92と続く(ジャパンタイムス2005年1月13日記事より)。 私は、先日、時計・ラジオ・懐中電灯・非常発信音が一体になった多機能時計を買い求めた。枕元に置いて寝ているが、果たして、私の地震への備えは十分であろうか。『地震の日本史』を読み終えて、心もとない感じがした。 過去の文字記録にあるような、震災による悲嘆は決してひとごとではないだろう。「ふと大地震ゆり、その長き事甚だしくて、家めりめりいう音おそろしき。人々外へ出、右往左往にてんでんす」(『近来年代記』より抜粋)とならないように、備えをしつつ、あとは祈るばかりだ。 ■参考文献 1.『活動期に入った地震列島』(尾池和夫 著、岩波書店) 2.『地震の日本史』(寒川旭 著、中公新書) 3.『地震保険改善試案―高まる地震リスクと財政との調和を目指して―』(平泉伸之ら・財務省財務総合政策研究所研究部) |