2008-01-28 死刑をめぐる旅

これはいつもの「森達也業」ともいうべき仕事だなと思ったのが第一印象。しかしやっぱり森達也以外に書けない内容だとも思った。彼の代表作になるだろう。
世の中には曖昧な領域がある。それは誰もが忌避したくなる世界だ。手を突っ込んだところで余計な火傷を負うだけでまったく得にならない。どう書こうが誹謗中傷、ないしは「非国民」とか「レイシスト」とかありがたくないレッテルまで貼られることもある。さらに世の中は何事も竹を割ったようなわかりやすい善悪、左右、縦横な話を好むので、曖昧な領域なるところを追っても銭にはならない。そして誰もが取り上げるのを諦め、その世界はサンクチュアリと化してときには暴走していく。
森達也はそこへ果敢に攻め込んだ男である。先日も取り上げた動物実験。超自然現象。放送禁止歌。オウム真理教。メディアそのもの。
そして死刑。廃止派でありながらも、取材如何では「自分が(死刑存置派に)転向してもかまわない」と森は告白する。「存置か廃止か」の間でぶれながら三年の時をかけ、多くの人物への取材を重ねて曖昧な世界を息苦しくさまよう。
取材対象者は錚々たるメンツである。現在の死刑を語る上では外せないメンバーがどんどん登場する。死刑廃止議員連盟の亀井静香。保坂展人。日本中から非難を浴びた人権派弁護士安田好弘。死刑をテーマにした「モリのアサガオ」の作者の郷田マモラ(まさかこんな人まで登場するとはとびっくり)。オウム真理教の幹部で死刑囚の岡崎一明。日本一有名な犯罪被害者本村洋。そして犯人である元少年。その他にも人権派弁護士。元検事。犯罪被害者の会のメンバー。教誨師。死刑に関わるあらゆる人間にアタックしていきながら、森はさらに出口の見えない旅に途方にくれていくのだ。
なにしろ出てくるキャラが予想を裏切る答えを次々に森に浴びせる。人権派弁護士となれば当然死刑廃止論者のはずと思いきや、存置したほうがいいかもしれないと述べ、死刑存置のアイコンのように扱われている本村がとてつもない苦悩を抱えながら廃止と存置の間を揺れ動いている。かつては石原慎太郎とも組んだタカ派の代議士が死刑廃止を訴え、凶悪なオウムの幹部であるはずの岡崎が聖人のような透明な心境にいる。本書には類型的な人間は一切登場しない。みんな死刑という複雑怪奇な刑罰の前に一筋縄ではいかない反応を見せる。
ふらふらとした彷徨。とはいえやはり今回の森の主張は激しい。この旅の果てに結局どのような主張を繰り広げるかは読んでのお楽しみであり、賛否両論分かれるところだが、一つだけ「これは間違いなく正しい」とうなずけるところがあった。これはいつもの森達也節ともいえる。つまり「死刑制度を知ってくれ」という主張だ。動物実験やオウムのときとなんら変わることはない。
日本国内における死刑はあまりにも秘密主義がはびこりすぎた。死刑囚が完璧に世の中から隔絶され、面会も手紙のやりとりも極端に制限されているという現状。異様なほど情報を遮断しようとする法務省。死刑囚との面会で、やり取りは外に漏らすなと強く命じる拘置所。ようやく執行時に名前が公表されるようになったが、まだまだ聖域というべきアンタッチャブルな世界だ。
統計では国民の81%が死刑存置を望んでいるという。どう望むのかは人の自由だし、これを読んでもなお私は存置のほうに傾いている。ならばなおのこと知らなければならないだろう。死刑をして「国家が人を殺す」とよく言われるが、それは私流に解釈すれば、みんなで首にロープをまきつけて殺すということだ。国家さんという人が殺してくれているわけではない。凶悪犯罪が起きれば「死刑にしろ」という声はいつもいつもよく聞くが、「しろ」などと他人任せな感覚で言うのは正しくない。存置であれ廃止論者であれ、私達みんなで人間を突き落とし、頚椎を折っているのだ。実態をなにも知らぬまま死刑存知を叫ぶことほど質の悪いものはない。「知らなければならない」読者をこう強く思わせるところが森達也のすごさでもある。
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20080124(死刑 森達也 空中キャンプ)
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50986935.html(人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う - 書評 - 死刑 404 Blog Not Found)
http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20071225(日本の不都合を追いかける)
http://www.egawashoko.com/c011/000241.html(本村洋さんのお話を聞いて 江川紹子ジャーナル)
しかし今、世間にもまれて色々観てきて「もし被害者の立場なら」と考えると「死」をもって償うべきと、いつ「存置派」に変わるか分からない。自分も人を憎む事があるからこそ、被害者の気持ちが分かる。そう、答えが出せないグレイな部分です。考えるとキリがない、でもzoot32さんが言う様に「曖昧な場所をとりあえずさまよってみるのは大事」も同感です。
衝撃が走った最後の文章「実態をなにも知らぬまま死刑存置(私の中では廃止)を叫ぶことほど質の悪いものはない」。確かにそうだ。これこそ明確な事だと思った。
「死刑制度」を知らなくてはと強い使命感が生まれました。ご紹介いただきありがとうございます。遅くなりましたが、はじめまして!dreamdiaryです。