NHKの新会長にアサヒビール相談役を務めた福地茂雄氏が就任した。報道局記者らによるインサイダー取引疑惑に揺れる混乱のさなかでの試練の船出である。
外部からの会長登用は、三井物産出身の池田芳蔵氏以来、約二十年ぶりだ。
福地氏は幹部職員への訓示や記者会見で「NHKはがけっぷちに立っている」と危機感を示し、「私の最大のミッション(使命)は信頼回復だ」「コンプライアンス(法令順守)を組織風土に育てるため、まずはトップが変わります」と改革に取り組む決意を表明した。当然だろう。新会長に託された使命は極めて重いと認識すべきである。
今回のインサイダー取引疑惑は、報道機関の根幹にかかわるもので、決して許されない背信行為である。NHKは報道に関与する職員約五千五百人を対象に聞き取り調査を行ったが、疑惑の三人以外にインサイダー取引をした者はいなかったとしている。
果たしてこれで実態が十分把握されたといえるのだろうか。事実解明のため、福地新会長は外部の専門家を入れた第三者委員会の設置を急ぐ考えを示した。まず、この問題の徹底解明と再発防止が先決だろう。
職員らによる不正経理などの不祥事で受信料の不払いが拡大し、その責任をとって辞任したのが海老沢勝二元会長だった。後を継いだ橋本元一前会長もインサイダー取引問題で引責辞任した。後を絶たない不祥事に受信料拒否が再燃する恐れもある。
NHKには、受信料制度の見直しや不払い解消、次期経営計画の策定、肥大化した組織のスリム化、チャンネル数の削減など課題が山積している。難問を解決していくには、副会長や理事三人の辞任で崩壊寸前になった役員人事の立て直しも急務だ。
福地氏は徹底した現場主義を貫いてきた経営者だ。会長交代には古森重隆経営委員長(富士フイルムホールディングス社長)の強い意思が働いた。放送やジャーナリズムを知らない人に、公共放送のトップが務まるのかと懸念する向きもあるが、逆に国民の目線で改革が推進できる一面もあろう。あるべき経営効率化や体質改善、倫理観の徹底を図り、信頼できる番組づくりに生かしてほしい。
公共放送としてのNHKの使命は重い。福地新体制のスタートは信頼回復の最後のチャンスと心すべきだ。職員が一丸となって負の連鎖を断ち切らない限り、視聴者から強いしっぺ返しがくることを忘れてはなるまい。新会長のかじ取りに期待したい。
スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で講演した福田康夫首相は、二〇一三年以降の地球温暖化対策の国際的枠組み「ポスト京都」の構築に向けて、新たな「国別総量目標」の設定を提唱した。
環境問題が主要議題となる七月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)の議長国として布石を打つ狙いがあったのだろう。昨年十二月のバリ島での気候変動枠組み条約第十三回締約国会議(COP13)では、日本は温暖化対策に消極的との批判を浴びた。そのイメージを払しょくさせる意味では一歩前進のメッセージを発信したといえよう。
首相は、米国や中国、インドなど温室効果ガスの主要排出国すべてが参加する「ポスト京都」の仕組みづくりや目標設定に「責任を持って取り組む」と強い決意を表明した。その上で、「公平性」「透明性」の見地から各国が産業分野別に削減可能量を積み上げる方式を提案し、削減目標の基準年(現行は一九九〇年)も見直すよう求めた。
講演ではさらに、二〇二〇年までに世界のエネルギー利用効率を30%改善させる目標設定を提案したほか、温暖化対策に取り組む途上国に今後五年間で一兆二千五百億円を支援する構想も打ち出した。
ただ、「国別総量目標」では数値目標は提示されていない。具体化に向けては各国の利害が交錯するだけに、とりまとめは至難の業だろう。独自に厳しい削減目標を掲げる欧州連合(EU)、削減義務に消極的な米国や中国などと折り合えるのか。駆け引きはこれからで、サミット本番まで前途は多難といえよう。環境外交で指導力を発揮できるかどうか、福田首相の実行力が問われている。
(2008年1月28日掲載)