大阪府知事選は弁護士でタレントの橋下徹氏の当選が確実となりました。全国最年少となる「38歳の知事」誕生ですが、関西経済界の反応は、やや微妙な空気が渦巻いているはずです。
経済界にしてみれば、橋下氏に基礎知識から理解してもらうまでに時間がかかり、府政が停滞してしまう恐れは高いとみています。
これは橋下氏でなくても同じなのですが、選挙中から、とくに橋下氏に対しての見方は厳しいものがありました。というのは、橋下氏はさかんに演説のなかで「官が旗を振って成功したものはない」「公務員試験にしか受かっていないのに、なぜ官が上に立てられているのか分からない」などと官僚バッシングを繰り返していたからです。
確かに橋下氏が指摘するように、官僚のなかには自分らが政治を動かしていると勘違いしている人もいるでしょうが、頭から官の存在を否定しまっていただけに府の職員のモチベーションは上がるはずがありません。
ある経済団体の会長経験者は「行政官をうまく使うことが知事に一番求められる資質。票集めのための選挙用のキャッチフレーズだったとしても、あの官僚批判は知事になった後に足を引っ張ることになるはず。新人が府政をゼロから覚えるだけで時間がかかるのに、あれでは府庁内をまとめるのは無理」と見ています。
橋下氏は財政再建について、「もし事業計画に対して収入が足りないなら、(その担当の)役人に聞きます。給料を下げて事業費を捻出するか、それとも事業を見直すかと、すると事業見直しを選ぶでしょう」と述べていましたが、このような乱暴なことを行政官に求めても反発されるだけです。
ですから、府の職員が協力しなかったり、橋下氏が職員と距離を置くようなことがあったりすれば、意思の疎通がうまくいかず、府政について正確に理解できないとの事態や停滞してしまうことも考えられます。多くの関係者に聞くと、府の職員らスタッフは「38歳に仕えることに、やはり困惑はある」と話しているのですから、そのような感情があるなかでよりうまく行政が運ぶかどうか疑問です。
関西経済界には「橋下氏のこれまでの演説を聞くと政策は空理空論とは言わないものの、実現性に疑問符がつくものばかり」との声も上がっていましたので、府政の先行きに戸惑いを感じているようです。
太田房江知事の場合、元経産官僚なので行政に通じているうえ、経産省から優秀な行政官を府に引っ張ってくることができたのですが、それも橋下氏には期待できないものです。
すでに、橋下氏が知事になった場合に、副知事に経験豊かな経済人や官僚出身者を起用することや、政府の経済財政諮問会議のようなアドバイザリーボードを大阪府にも置き、経済人ら参画させるといった構想も聞こえてきます。
こうした人材は、JR西日本元会長の井手正敬氏と堺屋太一氏が中心となって設立した「橋下氏を知事にする勝手連」が母体になるのではと憶測されていますが、この勝手連のメンバーに対して関西経済界はあまり好意的に見ていませんでしたので、そうしたアドバイザリーボードに協力体制を敷けるかは微妙です。
もっとも、関西経済界にしてみれば、選挙戦を通じて橋下氏との「しこり」を抱え込んだままですから、逆の意味で不安も募ります。
通常、与党と歩調をあわせ、選挙となれば電話作戦などにも協力するはずの関経連を始めとした経済界は、今知事選では「中立」を宣言。当初、橋下氏への支援は及び腰といっていいものでした。
関経連の下妻博会長(住友金属工業会長)はマニフェストに関連して「熊谷氏のマニフェストが一番しっかりしている」と評価していました。橋下氏の「公立小学校の芝生化」政策について、下妻会長は「奇異な感じがする」とばっさり切り捨て、これに対して、橋下氏が「下妻さんは、まったく府と市のことを理解されていない」と名指しで批判、すると下妻会長も「わたしはそれほど無知ではない」「(理解していないのは)どっちや」などと応酬しており、両者の溝は埋まる気配はありませんでした。
関西経済界では橋下氏が若すぎることや、「2万パーセント出馬はない」などと公言した直後に一転して出馬宣言したこともあって、「簡単にうそをつく人が政治家になってはだめ」と批判が強く、橋下支持で圧力をかけてくる自民党本部に対しても「地方のことは地方にまかせてほしい」と突っぱねていたほどでした。
しかし、大阪市長選に続いて2連敗という失態を避けたい自民党からの圧力があって、選挙終盤の21日、大阪に乗り込んできた自民党の古賀誠・選挙対策委員長に関西経済界の財界人らが橋下支持を約束しました。
ちょうど、その日の朝刊で「橋下氏先行 熊谷氏猛追」(読売新聞)「橋下氏やや先行、追う熊谷氏」(朝日新聞)とあったように、橋下氏が圧勝の勢いであることが分かってきましたので、橋下氏が知事になれば関西経済界は干されかねず、政権与党である自民党との関係がぎくしゃくするとの危惧する声も高まってきたこともあるようです。
大阪商工会議所の政界担当組織である「日本商工連盟大阪地区」は早々に橋下氏の推薦を決めました。大阪商工会議所の野村明雄会頭(大阪ガス会長)は「熊谷氏のマニフェストについては好意的に受け止めている」と評価していましたし、同地区の代表世話人である小池俊二代表世話人(大商副会頭)も「人格や言動を見ても、民主党はいい候補者を選んだと思っている」と民主党寄りの発言をしていましたが、結局、中小企業対策などで与党に要望することが多いこともあって、与党との協調することを優先したのです。
今回、大阪府知事選についていえば、これで与党は胸をなでおろしていると思いますが、関西経済界は安閑としておれないはずです。悩ましいのは総選挙こそ、関西経済界の姿勢が問われることになると予想されるからです。
今知事選は橋下氏のタレント性で乗り切ったものの、総選挙はそうはいきそうにはありません。自民党から関西経済界は物心(カネと票)をたっぷりと要求されることになった場合、関西経済界が今回のようなあいまいな姿勢だと、与党側はかなりの圧力をかけてくることも考えられそうです。となると、不安はいつまでもぬぐえないのかもしれません。
関西に限らず、経済界のなかには政治に対して「中立」を望む声は実は多くあります。政権交代の可能性が高くなるにつれ、片方にだけどっぷりと付き合うことはリスクが高まるからです。米国のように2大政党が拮抗し、政治的なバランスが効くことを望む経営者らがいるのも事実です。長く政権与党であると腐敗が進む懸念があります。腐敗といわないまでも、利益誘導などが露骨になってくるからです。
しかし、経済界の現状は、政治献金先がほとんど自民党であることから分かるように、自民党の嫉妬を考えると、とてもできるものではありません。自民党に嫌われることは避けたいため、表立って政権交代可能な2大政党待望論を声高に言える経営者はいません。それは、自民党を敵に回ることになりかねないからです。
経済界は政治に対して、どのようなスタンスを取るのかは難しい問題です。大阪府知事選を通して、経済界と政治の悩ましい関係を改めて考えてみました。
by skyteam
当確、橋下徹・大阪府知事で悩…