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【正論】医事評論家・水野肇 「総合医」の養成が緊急課題

2008.1.28 03:05
このニュースのトピックス正論

 ■臓器専門の医療だけでは危機救えず

 ≪サッチャーも経験した荒廃≫

 いま、日本の医療は崩壊寸前にあるといってもいい。医師供給の歯車がおかしくなり、そこへ医療費削減の大波を受けた自治体病院の医師(とくに産婦人科、小児科、救急など)が労働過重になり、音を上げて退職、開業医に転進、揚げ句の果てに病院の閉鎖に追い込まれたような自治体病院も出始めている。

 全国の病院は、歯を食いしばって頑張っているが、すでに国民は、産婦人科や小児科の医師を求めて右往左往しはじめている。

 この原因は、直接的には、これまで医師供給を一手に引き受けていた大学医学部教授の権限が弱まったことと、医学部卒業生に2年間の各科修業が課せられ、これまでのように卒業後直ちに医局に入局したり、開業したりできなくなったことにある。卒業生たちは、医学部より都市の大病院で勉強するほうを好み、入局者は減った。このため、大学医局の医師が不足し、派遣病院から医師を引き揚げたためこういう現象が起きたのだと大学側は説明している。

 しかし、これだけでなく、小泉内閣時代に医療費を頭から削減したため、どこの病院も財政が逼迫(ひっぱく)し、医師減への対策も的確に打てず、病院自体がコントロールを失ったようになってしまっている。

 これは、世界的に見ても前例がある。イギリスがそうだが、イギリスは前世紀末のサッチャー政権のとき、医療費削減に切り込み、そのため、病院へのウエーティング・リスト(入院待機者)が84万人(1990年)になり、一方予算不足で病院閉鎖が相次いだ。これはサッチャーのあと首相になったブレアがNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)の改革と同時に年率6・1%の医療費増を行い、小康を保った。

 ≪英国流の「家庭医」に学べ≫

 このイギリスの例は、医療費の削減は、医療全体の改革の中で行われない限り、バランスを失することを示しており、小泉内閣はまさにイギリスの前車の轍(てつ)を踏んだわけである。イギリスはブレアの改革によって逆に医療費は増え、それまで先進国中最低だったのが、下から2番目の日本を追い抜いた。従って、いま、日本は先進国中最低の医療費(対GDP比)となっている。

 小泉内閣の医療費対策は「まず削減ありき」でバッサリと医療費を何年にもわたってカット。それに伴う制度改正などは何もせずに財務省に丸投げした。このため財政のつじつまを合わせるために財務省は自己負担の増加と、医療費削減を続けているので、数年の間に日本の医療は荒廃してしまった。

 2008年度予算では、さすがに医療費をほんのわずかに本体で0・38%(医科0・42%、歯科0・42%、調剤0・12%)増やすことにした。しかし、これでは、さらに削減を続けるよりはいいとしても、現実には“焼け石に水”だろう。

 イギリスは一応なんとかなったが、日本も財政的にいま措置すれば何とかなるだろうか。私はそうではないと思う。それというのは、イギリスの場合は、世界に冠たるGP(ゼネラル・プラクティショナー=家庭医)という制度が生きていることに救いがある。

 ≪「いかに死ぬか」の視点を≫

 しかし、日本では、臓器別の医学というものは、何とか欧米に近いものができつつあるが、一般の住民を診る「総合医」のようなものは、端的にいうと、育っているとはいえない。臓器別の医療も無論大切であるのはいうまでもないが、これからの日本を見渡すと、昭和50年には死亡者の3割が75歳以上だったが、現在は3人に2人が75歳以上、30年先には、4人に3人が75歳以上になる。

 これらの人たちを臓器別専門医療で対応するということになればどうなるだろう。社会自体が混乱することになるのではないか。75歳以上の後期高齢者は、それぞれの人々が「いかに死ぬか」という哲学を持つ必要があるが、それとともに、広い視野からお年寄りたちを十分に看取りながら、老人と一緒に生きていく「総合医」が必要で、この総合医の養成をいますぐ始めないと、高齢社会を乗り越えることができない。

 医師の世界でも、臓器別医療をする専門医のほうが、総合医より偉いのだと思っているまちがった考えの人たちも多い。専門医というのは“時計の修理工”のようなもので、碁盤の一目しかできない。しかし、総合医はもっとも地域住民に近いところで、人を診る仕事なのである。こちらが、医療の本流であることはまちがいないのである。この問題を解決しないと先に進めない。(みずの はじめ)

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