「フィルタリングは“魔法の杖”ではないはずなのに」――慶応義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)が1月21日に開いたシンポジウムで、未成年者向け携帯電話フィルタリングサービスについて、コンテンツ事業者や行政担当者らが課題を議論した。
昨年末に増田寛也総務相の要請を受け、携帯電話・PHS事業者は昨年末から今年にかけ、未成年者へのフィルタリングサービス原則導入を相次いで発表した。親権者が「フィルタリング不要」とキャリアに申し出ない限り、未成年者の携帯電話からはアダルトコンテンツや自殺希望者を募るサイト、コミュニティーサイト、掲示板などにアクセスできなくなる見込みだ。
コンテンツ事業者は「青少年をネットの危険から守るために、フィルタリングは必要」と総論では同意しつつも、「健全な運営を努力しているサイトも、そうでないサイトも一律でアクセス不能になる」と不満を募らせている。
中でも大きな影響を受ける事業者が、SNS機能を備えたサービス「モバゲータウン」(会員数865万人:2007年12月末)を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)だ。同社の急成長を支えたモバゲーの人気は10代がけん引。18歳未満のユーザーが29%を占めている。だがSNS機能を持つサイトは一律でフィルタリングの対象となる見込みで、各キャリアで導入が始まる6〜8月以降は、10代のユーザーの多くが利用できなくなる可能性がある。
同社の南場智子社長は「フィルタリング原則導入が伝えられてから株価が下がり、1週間で1500億円の時価総額が失われた。モバゲーは健全に利用しているユーザーが大半。自殺やアダルトサイトと同列にされ、『有害』と扱われるのは屈辱だ」とこぼす。
携帯電話のコンテンツ事業はこれまで、10代ユーザーを中心に急成長してきた。特に掲示板や「プロフ」、SNS機能を持つコミュニティーサイトの成長が目覚ましく、新規参入も相次ぐ。その反面、コミュニティーサイトを介した“出会い”で未成年ユーザーが事件に巻き込まれたり、掲示板でいじめが起きる――といった問題もクローズアップされてきている。
携帯サイトが絡む事件はここ3〜4年減っていない――というのが総務省の認識だ。出会い系サイトに関連した事件は07年上半期で907件あり、被害者708人のうち18歳未満の児童が85%、うち女子が99.5%だったという。また07年11月には、モバゲーがきっかけで知り合った30歳の男に16歳の女子高生が殺されるという事件も発生している。
「フィルタリング導入は、総務大臣からの要請という、一般から見れば奇妙な手続きで進められた」――この1月から携帯フィルタリング問題を担当しているという、総務省の岡村信悟・総合通信基盤局消費者行政課課長補佐は言う。
総務省は4年ほど前から違法・有害な携帯サイト対策を検討してきており、06年から事業者にフィルタリングの導入を要請してきた。06年の要請は、フィルタリングの認知向上などを求める比較的ゆるやかなものだったが、今回の要請は、未成年者に対して原則フィルタリング適用を求めるという厳しい内容。要請を受けて各キャリアは、年末から年始にかけてフィルタリング導入を発表している。
慶応大学DMC機構の菊池尚人准教授は「総務大臣からの要請があった12月10日は、モバイルWiMAXの周波数獲得にキャリアが熱心だった時期。だからこそ各キャリアとも、要請に素直に従ったのでは」と推測する。
●「株主価値がき損した」とDeNA南場社長
総務相の要請は唐突だったと、モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)の岸原孝昌事務局長は振り返る。「MCFでは総務省に対して、フィルタリングの研究会を作ってほしいと求め続けていた。研究会がやっとでき、11月末に第1回会合が開かれた矢先に突然『未成年者へのフィルタリング導入が決まりました』と言われた」
10代に人気のサービスを運営する事業者には激震が走った。「あまりに急で、ユーザーと株主に多大な影響を受けた。ユーザーからは『アクセスできなくなるのか』という問い合わせがたくさん寄せられ、企業としては、1500億円の株主価値が1週間で失われた。当社の株主は3割が外国人。日本株が売り越されるという環境の中で、世界に先駆けて日本で発展している携帯コンテンツ事業に期待して投資してもらっていたのに」――南場社長は話す。
岡村課長補佐は「十分に議論してから導入を決めるのが理想だっただろう。批判は受け入れなくてはならない」と話す。「日本の国際競争力を高めるためにも、コンテンツ振興は重要。だが子どもを取り巻く状況が想像もつかないスピードで変化し、それに追いつけていない。本来は教育などを含めて手当していくべきなのだが、フィルタリングにすがっている状況だ」(岡村課長補佐)
フィルタリング導入は、携帯サイトに絡む問題に頭を悩ませている学校関係者や保護者にとって、“最後の頼みの綱”という側面もある。
「親は今、『どうしていいか分からない』という状況。教師は忙しくてそれどころではなく『よく分からないものにはフタをしたい』という心境だろう」――子どもたちのIT教育を手がけるNPO法人CANVASの石戸奈々子さんは、親や教師と触れ合ってきた経験からこう話す。
とはいえ石戸さんも、最も重要なのは教育だという認識だ。「携帯ネット上で行われているいじめや出会いの問題は、現実社会でも起きる問題で、モラルや道徳教育で対策すべき。デジタルがそういった問題を助長している面はあるだろうが、本来は教育で努力すべきだろう」(石戸さん)
●フィルタリングの実効性は
「フィルタリングは“魔法の杖”ではない」と、岸原事務局長は言う。「フィルタリングサービスは、サイトをカテゴリーに分類するだけ。どんなサイトを閲覧可能にするかは本来、ユーザーが家庭で決めるものだ」(岸原事務局長)
だがキャリア各社が発表してるサービスは、アクセス可能なサイトカテゴリーなどをキャリア側が指定して一律でブロックする仕様。問題ないサイトだけ見られるようにする「ホワイトリスト方式」、問題のあるサイトへのアクセスをブロックする「ブラックリスト」方式など手法はキャリアによって異なるが、アダルトサイトや自殺サイト、出会い系・コミュニティーサイトなどのカテゴリーは丸ごとアクセス制限の対象。サイトの中身を個別に判断してアクセスの可否を決めたり、ユーザーや親権者がアクセス先を選ぶこともできない。
南場社長は「モバゲーはリアルでの出会いを禁止し、問題のある書き込みがないかパトロールするなど、月に数億円をかけてトラブルを防ぎ、ユーザー保護への努力を続けている。それでも『ユーザーが書き込む機能があるから』とアダルトサイトや自殺サイトと同列に『有害』とされる。サービス運営者として屈辱」と不満をもらす。
モバゲーと同様、10代に人気の投稿小説コミュニティー「魔法のiらんど」担当者も会場から発言し、ユーザー間のトラブルを防ぐ仕組みについて説明した。魔法のiらんどは「アイポリス」という独自の仕組みで書き込みなどを監視。「サービスを8年間運用してきたが、最近はクレームも減り、警察から捜査協力を依頼されることも減った」と有効性を強調する。
PC向けフィルタリングソフト「iフィルター」を開発するデジタルアーツの道具登志夫社長は、サイトを属性別に一律ブロックするのは間違いで、各家庭で親子で話し合い、見ていいサイトとそうでないサイトのルールを決められるようにすべきと話す。「当社のPC向けフィルタリングは、保護者がホワイトリスト・ブラックリストを管理できる。携帯でもそういう仕組みを取り入れるべきだろう」(道具社長)
MCFでは、健全なサイトを認定する第三者機関を設置。4月から認定を始める予定だ。
●「サイトがきっかけで出会って殺人事件」、誰の責任?
「モバゲーではリアルの出会いは一切禁止しているが、『事故』も皆無ではない」と南場社長は認める。モバゲーがきっかけで知り合った30歳の男に女子高生が殺害される――昨年起きた事件以降、モバゲーは未成年のメール制限や監視体制強化を発表し、未成年者保護策を強化してきた。
「そもそも、事件が起きたらそのサイトの責任なのか」と、岸原事務局長は疑問を投げかける。「事件は、学校などリアルな場でも起きるが、それは『学校のせい』なのか。サイトが人を殺せるわけではない。問題の所在や責任が誰にあるのか、考える必要がある」(岸原事務局長)
●「検閲では」という指摘も
キャリア各社は、未成年者の携帯には原則、フィルタリングを導入する予定。親権者がショップに出向くなどして不要の意思表示をしない限り、早ければ6月から、未成年者の携帯電話にアクセス制限がかかることになる。
「フィルタリングがデフォルトで入るとなると、検閲にきわめて近い。契約上の問題や法律問題に発展し、キャリアが訴訟を抱えることにもなり得るのでは」と岸原事務局長は指摘する。
南場社長は「現在のフィルタリングの申し込み票には、どんなサイトが対象になるか書かれていない。『モバゲーが急に見られなくなって困っている』という問い合わせも当社に来ている。せめてどういうサイトがフィルタリング対象で見られなくなるか、キャリアは親権者に説明してほしい」と注文を付ける。
菊池准教授は「キャリア側も携帯ネットがこんなスピードで広がるとは想定していなかったため、場当たり的な対応になったのだろう」と推測。「キャリアがフィルタリングを導入するには設備投資が必要で、ARPU(契約者1人当たりの収入)も下がり、訴訟リスクも抱える可能性があるため、やたらにはやりたくないはず。ただ『子どもが心配』という親の気持ちも分かる――という状況だろう」
司会を務めた中村伊知哉・慶応大教授は「ネットの安全と表現の自由の狭間のデリケートな問題で、本来は時間をかけて教育し、親・教師・子どものリテラシーを高めていく必要があるが、今は迅速な対応も必要。携帯電話のネット機能が他国に先駆けて発展した“世界チャンピオン”の日本が、産みの苦しみを今味わっている」と話した。
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