自衛隊幹部候補生学校で育まれる国際貢献の卵たち
2007年12月10日
92年に初めてPKOに参加した自衛隊。防衛省に格上げとなった07年からは国際貢献が本来任務のひとつに加わり、いよいよ国際協力の出番が増えそうである。海外で高い評価を受ける自衛隊が、本格的にこの分野に乗り出してくると日本発の国際協力は「オール・ジャパン」としてさらに注目されるようになるかもしれない。現地の人との交流を基礎に任務を行う陸上自衛隊は、人材育成には非常に力を入れている。その第一歩は、大学卒業後の9ヶ月間、陸上自衛隊の幹部候補生学校で教育を受けることから始まる。国際協力の卵さんたちは何を学んでいるのだろうか。福岡県久留米市まで行ってきた。
一般大学、防衛大学校両方の卒業生が共学
幹部候補生として採用される人は大卒、部内選抜試験合格者、医師、看護師で年間約1000人いる。それぞれ、時期を違えて幹部候補生学校で教育を受ける。学校は、彼ら彼女らを「軍人にすること」、「オフィサー(将校)にすること」の二つを目的にあげている。軍人とは、国と国民を護るため必要な手段を講じて戦う人々の総称であり、オフィサーとは軍人の中のリーダーをさすが、説明を受けた時点では両者の決定的な違いがよくわからなかった。謎が解けた瞬間については後述する。
取材時に教育を受けていたのは、一般大学と防衛大学校を3月に卒業した人たちだった。戦闘戦技、戦術、国際法など法制と国際関係、戦史、語学、体育などを、座学と実践にて学んでいる。講義は議論中心。指導教官の方針は、ゴールは共通に明示するが、そこにたどり着くまでのアプローチは多様であるべし、と個性を引き出すことを心がけている。というのも、昨今国家安全保障も国際貢献も、従来の想定を超える事態が起きており、現場で即応できる態勢を築かねばならない。そのためには、いつもどおりのアプローチを繰り出す軍人では不足で、思いもよらぬ作戦ができる新しい軍人を目指さねばならないと、考えているからだ。確かに、海外では国境を越えて侵入する武装勢力と武器、兵器と対峙するのだ。広い視野と情報網を駆使して現地の状況を把握せねばならない。
オフィサーになるには覚悟が必要
さて、取材時に教育を受けていた総勢325名のうち女性隊員は26人。数人の女性候補生に話を聞いた。
- 円谷彩子さん(防衛大卒)。災害派遣のニュースを聞いて自衛隊にあこがれ、人の役に立てる人になりたいと、防衛大学校へ。学生時代は応用化学の研究に従事。卒業後は補給部門の需品科を希望。
- 野呂瀬葉子さん(防衛大卒)。4人姉妹の3人目で、上のお姉さんたちが防衛大学校入学後自立していく姿を見て「かっこいい」と思い同じ道に。学生時代は物理学の振動のひとつ、翼陣連成研究に携わった。ミサイル高射を希望。
- 大久保裕美さん(防衛大卒)。体力、体育系に自信あり、国際貢献する機会が多そうな自衛隊を選んだ。民俗学に基づき伝説を地図に落とす学問、「伝説継承における地理学的考察」が学士論文。新隊員への教官を希望。武装訓練にも「男には負けん!」
- 土屋垣内晶(つちやがいと・あき)さん(東京大学大学院中退)。阪神淡路大地震にあったことで人の心理に関心が行き、臨床心理学を志した。大学院時代、患者との1対1のやり取りで一喜一憂しがちな自分に疑問を持ち、もっと将来の可能性を広く持ってもいいのではと思い直した。そんな時、地元で自衛隊の広報官から「自衛隊は日本の未来について計画していく仕事だ」といわれ、自衛隊を志した。ミサイル高射隊を希望。
- 鈴木有利さん(慶応大学仏文学卒)。警務と組織会計に関心が強く、法科大学院に行くつもりだったが、こちらも受かったので入隊。「体を使ってこなかったので入隊直後は辛かった」
- 日下直子さん(東京外国語大学ロシア語学科卒)。国際貢献が志望動機。人の役に立った上で間接的に日本を好きになってもらい、それによって日本を守る、と考えて自衛隊へ。将来自衛隊に残るかどうか気持ちが揺れているが、「現場を知った上で政策提言にかかわりたい」
- 橋本裕蘭さん(北海道大学大学院卒)。学生時代、人権とキリスト教、人権の階層化を研究。法哲学にかかわる机上の学問だったので、もっと現実を見なくては、と自衛隊を志した。
ざっと紹介するとこのようになるが、相部屋で6時の起床から24時の消灯まで寝居を共にし、ほとんど余暇時間が取れずに課題に負われる日々はさぞや大変ではと、水を向けると、「仲間意識で」「ライバル意識」「いや、なりきるための演技が肝心」「使命感」と、活発に意見を発した。「演技」という言葉に意外性を感じて意味を聞くと、オフィサーとして着任する日々がすぐに待っているのだから、座学も実践訓練も部下を率いているつもりになってやる。演技が現実になるまで自分を引き上げるのだと、覚悟を言っているのだった。
私はこのとき初めて、「オフィサーにする」という学校の目的を理解できた。彼女たちはこの学校を卒業後すぐに十数人の部下を持つ将校(上司)となるのだ。その覚悟を全身から発する偉容にならねば、人の命を預かる任務はできまい。徒競走をするにせよ、一人で早く走るだけなら軍人は務まる。だが十数人を率いて走るのがオフィサーなのだ。落伍者を出さぬよう、ましてや自分の失態で部下を失うことがないよう、自らに厳しい姿勢をもつ人たれ、という意味だったのだな。
とはいえ、彼女たちより年齢が上で実践能力も上回る男性たちをまとめる自信はあるだろうか。「信頼関係を築くことから始める」「まず、自分がやって見せないと」「素直に部下に聞くだけでは部下はついてこない。部下が示唆してくれたことを自分のものにするよう成長せねば」「部隊での実践は応用編。偉い人ほど基礎基本を大事にしている」と、次々に言葉を連ねてくれた。
全員、あいまいな相槌は打たない。特徴を明確にしつつ他者を否定しない。彼女たちは、現実を希望に近づけるべく、「自分の課題はこれ」と自ら提示する大人だった。
世界に名をはせる番匠校長
今回候補生学校を訪れたのは、番匠校長との縁が発端であった。イラク帰りの外国の軍人と話すと、「Colonel Bansho(当時:一等陸佐)を知っているか」としばしば問われる。イラクはポストコンフリクト国(紛争処理中の国)支援の最前線。オリンピックのように、各国軍はそれぞれ力の限りを尽くして臨んでいた。番匠さん率いる自衛隊の功績が目覚しかった証拠だ。久しぶりにお目にかかりたいと思い連絡すると、楽しげな声で「若い幹部候補生を育成している」という。さぞや国際協力の有能な卵を温めておられるに相違ないと、番匠さんが放つ積極性と明るさ、受容力に導かれて、私は国際協力の卵さんと会うことができたのだ。
番匠さんは第一次イラク復興支援群長を務めた後、陸幕広報室長になった。イラク焼けが残る顔で私と名刺交換後、第一声は「吉田さんはどんなことにご関心がおありですか、おっしゃっていただければ参考資料を探してきますよ」だった。身を乗り出して話す様子に、すぐさま膝と膝が触れ合う、まさに膝詰め談義となった。評判通りの敏腕であった。なぜなら、取材者である私の側に、一度の面談で、ある種の“人間関係”を持ったような親近感が芽生えたからだ。
実はこれこそ、広報の業務なのである。相手に緊張感を持たせぬまま、いつしか自陣に引き込む。それには本来業務での能力、人柄と人生経験、組織内部での高評価が必須である。対外関係の重要性を理解している組織は、実力者を広報担当に据えるものだ。自衛隊は広く国民に理解してもらい、適切に出番を与えられてこその存在。馬上の一騎打ちを覚悟して乗り込んでくるジャーナリストたちと対決、交渉するのではなく、彼らの声をまず「聴く」姿勢を示して、その質問に答えようとすることが大事なのである。そして、これはオペレーションにおいてもそのまま有用な能力だ。現地社会を理解し、上下関係ではなく信頼関係を構築することをまず始めるのであるから。否、オペレーションを担ったからこそ、言葉に説得力が生まれるのかもしれない。
平常心で国際貢献を行えるように教育訓練
人は勉強し働かねば「人材」にならない。30代初めまでに寝る間を惜しんで仕事に没頭する経験をするべきだ、というのが私の持論だ。番匠校長にそれを言うと、「それこそ、今私たちがここで彼らに課そうとしていることなんですよ」という。自衛隊は実践で人を育成するOJTという概念を持ち込んではならず、現場はあくまで実践場。だから教育訓練で能力を身に着けさせねばならぬのだという。
この後、彼女たちは訓練と実践を繰り返す日々を送ることになる。幹部たちは皆、現役の3分の1以上を教育訓練ですごしている。内外の一般大学で非軍事分野での修士課程、中堅幹部としての哲学、担当する武器の操作等、成長と役割に応じてそのつど受ける。国際貢献の現場に出る際には、英語はもちろん現地語で「止まれ」「待て」「撃て」といった実践用語をまず覚える。無線や電話でも同様にできなくてはならない。国際法の知識は現地での仕事を裏付ける重要な知識だ。他の連隊との混成部隊になるから連携方法もすり合わせねばならない。現場では部下を前にして話す言葉(訓示)の大切さを経験するだろう。
「国際貢献は国内で部隊として機能できてこそ、実践可能。通常の任務を通常通り平常心で行えることが肝心」と、名越副校長はじめ教官たちは異口同音に言う。国防の延長線上に国際協力があるとの位置づけだ。ただ候補生の側から見ると、大卒者の入隊志望動機の第1位は国の安全確保(49.7%)、第2位が災害派遣(24.5%)。国際貢献は第3位(16.8%)。これは防衛大卒と一般大学卒の平均値で、一般大卒が国際協力を重要とみなす数値はもう少し高い。男女別の統計はないが、女性の方が国際貢献をより強く志望しているようだ。
8キロの装備を身につけて走る訓練
翌朝、全員による武装障害訓練走を見学した。銃、鉄帽など装備8キロを身にまとって20カ所の障害物を乗り越える訓練だ。しかもタイム制限がある。在学中にいくつかこうした野外訓練があるが、前日懇談した女性たちは「野外訓練のたびに自分が変わる」「当たり前のことを喜べるようになった」と話していた。どれだけ厳しい訓練なのだろう。
男性たちが終わって後、女性が数名ごとに時間差を置いてスタートした。文字通り前のめりになって駆け出した。必死の形相で山の中を重装備で走り抜けている。競技を終えた男子が声援を送る。クラス対抗レースなのだ。ある女性候補生がゴールと同時に倒れこんだ。彼女は規定のタイムを5分ほどオーバーしていた。助け起こそうと男性教官が手を差し伸べるや、彼女の後背に「立て!」と女性教官の叱咤が飛んだ。堀しのぶ二尉だ。助け起こす先輩、叱咤する先輩。その両方がある幸せを彼女はいつか思い出すに違いない。
彼女たちの姿を見ながら思った。彼女たちの現場の判断を、東京の本省は尊重してくれるだろうか。彼女たちの努力がつまらぬ役所的判断で握りつぶされないだろうか。少なくとも本部と現場とがスムーズに情報共有できる体制を作らねば、と。
この原稿が掲載されて間もない12月12日、彼女たちは幹部候補生学校を卒業する。
皆さん、卒業おめでとう!
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- トラックバック時刻: 2007年12月17日 03:08
- From: クチコミコミュニケーション
コメント
今回も、大変おもしろい記事でした。
自衛隊と国際協力は、あまり結びつけて考えてこなかったのですが、レポートを読んで、自衛隊も国際協力の現場の重要な立役者であり、知力、体力、精神力、指導力に優れた人材を育て、保有する、有力なリソースであることが、あらためて認識できました。
女性の幹部候補生の人たちの履歴も面白いですね。彼女達のその後も、ぜひ取材してください!
- 2007年12月12日 15:02
- 投稿者: lilian
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