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2008年01月25日(金曜日)付

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春闘スタート―経営者は景気に配慮して

 春闘が本番を迎えた。そのとたん、賃上げに逆風が吹きつけている。しかし、今年ほど賃上げが必要になっている春闘は久しぶりではないだろうか。

 寒風は海の向こうからきた。米国のサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)に始まった世界的な金融不安が、ここへきて株安の連鎖を生んでいる。米国の景気が悪化すれば、輸出主導で支えられてきた日本の景気の長期回復がぐらつく。加えて、国内要因でも住宅着工の減少などが響いて、景気の減速感が強まった。たしかに厳しい環境だ。

 経営側としては、景気の悪化に備えて身を硬くしたいところだろう。だが、そんなときだからこそ、賃上げで景気を支えてほしいとの期待も強い。

 戦後最長の景気回復が続くのに沈滞ムードなのは、内需が盛り上がらないからだ。個人消費を支える家計の所得が増えていないことが原因だ。雇用者数が増え、株式の配当増加などで家計へ回るお金が増えている面はある。しかし、生活の基礎となる毎月の賃金が横ばいのままでは、財布のひもは緩まない。

 賃上げの原資がないわけではない。じつは、ちゃんとある。

 昨年から団塊の世代の退職が始まった。人数が多いので、たとえ退職者数を新規に採用しても給料の低い若者の割合が高まって、原資に余裕ができるからだ。このままだと、08年と09年は賃金総額が前年より1.7兆〜1.8兆円も減少すると厚生労働省は試算する。これまでで最大の減少幅だ。

 マクロの景気とミクロの企業経営と、話が違うのは確かだ。しかし、団塊世代の退職で人件費を大きく減らせると個々の企業が喜んでいると、経済全体が縮小し景気が悪化する。結局は企業自らの首を絞めることにつながるのだ。

 「安定した成長を確保していくには、企業と家計を両輪とした経済構造を実現していく必要がある」。経団連が春闘の基本方針でそう踏み込んだのも、このような大局的な判断があってのことだ。

 輸出依存から、内需を中心とした成長へ転換していけるか。それが今年の春闘で労使に問われている。

 同時に、長い目で見た企業の発展に向け、手を打つ機会にもしたい。単純な賃上げだけでなく、パートや派遣など非正社員の賃金や、社員を含めた人員構成についても見直すべきだ。人件費のリストラが行き過ぎた面があるからだ。

 大手企業は下請け企業との取引関係を見直して、コストダウンを押しつけるだけでなく、ともに利益の出せる関係をつくっていくことも欠かせないだろう。また、力のある中小・中堅企業へも賃上げを広げることが望ましい。

 日本の労働運動は大企業の組合に依存する度合いが大きく、中小企業や非正規労働者との連携が大きな課題になっている。労働側は従来の発想にとらわれない取り組みを考え出してほしい。

取り調べ指針―警察も録画を考える時だ

 富山県で起きた強姦(ごうかん)事件では、犯人とされた男性が服役を終えたあとで、真犯人が見つかった。鹿児島県警が摘発した選挙違反事件では、起訴された12人全員が無罪判決を受けた。

 捜査のどこに問題があったのか。警察庁が検証結果をまとめ、再発防止のための指針とともに公表した。だが、事件の検証も再発防止策も物足りない。

 富山のケースについて検証結果は、男性のアリバイを十分に確かめなかったことや、犯行現場に残された靴の跡と男性の足の大きさが違うのに、きちんと詰めなかったことを問題点として挙げた。

 鹿児島の事件では、取り調べ時間が最長で1日13時間40分にも及んだことや、幹部による捜査の指揮が不十分だったことなどを認めた。

 明らかな捜査ミスだが、警察がそこからどんな教訓をくみ取ったのかがはっきり見えない。

 裏づけが足りないまま突き進んでしまったのはなぜか。鹿児島県警では捜査の進め方に異論が出たのに、どうして立ち止まれなかったのか。そうした疑問に答え、警察全体の意識や捜査のありようにまで踏み込むべきだった。

 二つの事件への反省をもとに定められた指針では、取り調べの状況を監督する専門部署を設けて、室内の様子を随時チェックするほか、容疑者や弁護士からの苦情も受けつける、というのが柱だ。

 取り調べの様子が捜査部門以外の目にさらされることになり、強引な取り調べを抑える効果はあるだろう。

 だが、専門部署といっても、あくまでも警察内部でのチェックだ。「かばい合い」になる心配がないとは言えない。

 今回の指針で一番物足りないのは、取り調べの録画や録音に全く触れていないことだ。

 私たちはこれまで社説で、自白の強要や誘導を避けるために、録画を導入すべきだと主張してきた。検察は一部を録画する試行に踏み切った。これに対し、警察は「供述を得にくくなる」と反対の姿勢を続けてきた。

 だが、来年から裁判員制度が始まる。短期間で結論を出す裁判員制度では、自白が真実かウソかを法廷で延々と争うようなことはできなくなる。取り調べが適切だったかどうかをわかりやすく示すためにも、もはや録画は避けられない。

 もちろん、すべての取り調べ内容をそのまま法廷の場に出せといっているわけではない。調べの中で、第三者のプライバシーに踏み込むこともある。録画されていることを理由に、暴力団組員が幹部のかかわりについて口を閉ざすかもしれない。こうした場合は、録画や公開の対象からはずせることにしてもいい。

 どんな条件ならば録画したり、それを法廷に出したりできるのか。警察も具体的な議論を始める時期に来ている。

 それが捜査や取り調べへの信頼感を高めることにもつながるはずだ。

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