NHKの報道局記者ら三人によるインサイダー取引疑惑で、橋本元一会長は二十四日までの任期を待たず古森重隆経営委員長に辞意を伝えたことを明らかにした。NHKでは一連の不祥事の責任を取って海老沢勝二前会長も任期途中で辞任している。問題の根の深さが浮き彫りになった。
辞意を伝えられた古森委員長は「原因究明と再発防止策が最重要で、全力で対処していただきたい」と、橋本会長に任期満了まで務めるよう要請した。次期会長の福地茂雄氏就任までの不在による混乱を避けたのであろう。辞意の扱いは二十四日の臨時経営委員会で検討される。
コンプライアンス(法令順守)と報道担当の二人の理事は、橋本会長に辞意を申し出て二十二日付で辞任した。他の理事八人の進退伺は橋本会長の預かりとなっている。この際思い切った人心一新も必要ではないか。
橋本会長は「視聴者の信頼を大きく損ねた経営責任は重大。問題を大変深刻に考えた」と述べた。インサイダー取引は、報道倫理に反する決して許されない不正だ。会長の辞意表明は当然である。
続発する不祥事で受信料の不払いが増え続けていた経営を立て直すため、橋本会長が取り組んできたのは信頼回復だった。今回の深刻な事態によって水泡に帰してしまった。疑惑が発覚した十七日からNHKには視聴者の抗議や批判の電話が相次いでいる。怒りの大きさが分かろう。
辞意表明と同時に再発防止策の骨子も発表した。職務上知り得た情報を私的な利益に使うことを禁じる項目を就業規則に明記するとともに、インサイダー取引にかかわる法令順守の規定を新設した。株取引の全面自粛も含め、必要に応じて役職員の株式売買を制限する。ニュース原稿を閲覧できる範囲を制限する情報システムの管理強化も打ち出している。
列挙された対策が実行されれば不正行為の歯止めとなろう。しかし問題は職員の意識をいかに高めるかである。今回の疑惑を受けNHKは、職員を対象に株取引に関する緊急調査の中間結果を自民党に報告している。システム端末を閲覧できる役職員から聞き取りしたところ、新たに二人が勤務時間中に複数回の株取引をしていたことが分かった。就業規則に違反する。職務怠慢と言われても仕方なかろう。規律の緩みは不正の温床でもある。
信頼回復のためには、職員一丸となって生まれ変わったNHKの姿を視聴者に見せることだ。徹底的な体質改善に取り組まねばならない。
誰のものか分からない「宙に浮いた」年金記録問題で、社会保険庁が約五千万件の持ち主を探すため昨年十二月から始めた「ねんきん特別便」に早くも黄信号が点滅している。
特別便を送った相手から記録訂正の申し出が低調なためだ。社保庁は対応策を今月中にまとめる方針だが、実効性のある策を打ち出さないと解決は遠のくばかりである。
特別便は今秋までに公的年金の全受給者、加入者合わせて約一億人に郵送されるが、記録が宙に浮いている可能性の高い約一千万人については三月までに届ける。
昨年中に約四十八万二千人に送付された。全員が訂正の有無を回答することになっているが、今月七日現在で回答を寄せた人は約十六万七千人にとどまり、うち85%が「訂正なし」だった。かなりの訂正を予想していた社保庁は、「訂正なし」との回答の約半数は訂正が必要な人と推測する。原因は特別便の内容が分かりにくいためとされる。
特別便には本人の加入履歴が記され自らチェックすることになっているが、そもそもこれに無理がある。若い時に何度も転職した人などが、高齢になって細かい記憶を呼び戻すのは容易ではない。
社保庁は他人の「なりすまし」防止を重視し、記録漏れのヒントを与えずにきた。例えば「岡山市の会社で働いたことはないか」などの手掛かりだ。対応策では相談してきた人に対し、こうした情報を提供する予定だが、不十分だろう。
舛添要一厚生労働相は高齢者に分かりやすいよう通知内容を修正し、送付済みの人に再送する方針を明らかにした。親身な対応が求められる。国民も疑問を持って加入履歴を点検する必要がある。
(2008年1月23日掲載)