公安調査官の身分偽装(例)
もう何度も書いているけれども、かれこれ10年近く前、筆者宅を居住確認に訪れた公安調査官は、朝日新聞勧誘員を名乗った。居住確認(「住確」)というのは、実際にそこに住んで生活しているかどうか調べる基礎調査のことである。
面が割れていないから、気付かれないと思ったんだろうけれども、ずいぶん舐められたものである。
筆者はそういうのはすぐにピンと来るので、おもむろに尾行し(男は何度も尾行チェックをしていた)、交番の近くで誰何した。「最近、アパートで窃盗があった(無論、その場の作り話)。あなたの挙動は不信だから、念のために営業所の連絡先を教えてもらいたい」などと詰問したのである。男はしどろもどろとなり、JR中野駅のほうから来たなどと言いながら、西武新宿線野方駅を指したり、自分の名前は「藤波潤」などと名乗った(「潤は門に玉(!)と書いて潤です」などと説明した)。
自称朝日新聞勧誘員の藤波潤は騒ぎを聞きつけた制服警察官が近付くと、何を思ったか突如逃走を試み、商店街の人に取り押さえられた。
もちろん、交番に連行である。筆者はかくかくしかじかと警官に事情を説明し(それも半ばは作り話)、しばらく手荷物を検めるのを横で見ていると、財布入れからは複数名義の定期券が出てきて、思い切り怪しまれていた。
カバンから出てきたのは「国会手帳」。明らかに新聞勧誘員の持ち物ではない。
次いで、警察官が取り出したのは一冊の本。カバーは神田・書泉グランデで、関東公安調査局から歩いても近い本屋である。中味は、部下の指導の仕方とかなんとかいう中間管理職向けのハウツー本。
一番決定的だったのは、「関東信越国税局診療所」「安藤守」と書かれた薬袋。そんなものを新聞勧誘員が持っているはずがない。明らかに公務員である。そのことにすぐ気付かない警官もどうかしているけれども。
同診療所は関東公安調査局の職員がよく利用しているのである。本名は安藤守である。
調査・工作の際には万一のトラブル(対象団体による暴露等々)を避けるために、できるだけ身分を特定されるものを持たない(したがって、証票を携行しないことも多い)。
そういう原則を守らなかったのは、どうせ見つかるはずがないと思って横着したに違いない。
交番から離れて2時間ほど安藤が出てくるのを待っていたけれども、身分明示したのか、一向に出て来ないので、関東信越国税局診療所に公衆電話から電話をかけた。
「実は落し物を拾って。重要な書類のようなんですけれども、そちらの診療所と安藤守さんというお名前を書かれているんですが・・・」
電話に出た女性は、しばらく考えた末「それはうちの職員の方ではありません」と答えた。
「どうも内容から見て、急いで届けないといけないようにも思うんですけれども、じゃあどちらに連絡を取ればいいでしょうか」と言うと、またしてもしばらく考えた末、「それではその方の勤務先の電話番号を言いますので、そちらに連絡してみてください」と言った。
その電話番号は03-3261-8585。関東公安調査局の代表電話番号である。
かくして、安藤がやはり関東公安調査局の職員であることが確認されたわけである。
冷静に考えたら、「交番に届けろ」と言われそうなものだが、こういうのはその場の勢いなのである。
実際の現場での公安調査官の調査というのも、たいていはこんな調子である。こういうことの果てしない積み重ねである。
実を言うと、血気盛んな筆者は挑発的にも、すぐさま、さらに関東局にも電話をかけた。
「安藤さん、お願いします。」
こういう時に、「安藤さんって方はいらっしゃいますか」なんて聞いてはダメである。「それにはお答えできません」と言われるだけだからである。
一般社会では通用しないけれども、公調の場合はかえって自分の名前を名乗らないほうがいい。というのも、協力者等々が直接電話を掛けて来ることがあり、その場合その者は自分の氏名、身分を名乗らないことも多いからである。
「安藤さん、お願いします。」と告げると、果たして交換は担当の部署にそのまま電話を繋いだ。
再び、「安藤さん、お願いしたいんですけれども」と言うと、電話に出た男は迂闊にも、「安藤は今、外出しています」と答えた。
あとは遊びである。
「ああ、やっぱり。安藤さんって普段、何の仕事をされてるんですか?」
「・・・・・。」
「今日は何の用向きなんですかね?」
「いや、あの・・・・・失礼ですが、どちらさん?」
「元職員の野田ですけれども。」
「あ・・・・・。」
「そりゃ、安藤そこにおらんよな。だって今、交番にいるんだから。」