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NHK 甘い情報管理 特ダネへアクセス簡単

2008年01月22日02時09分

 NHKのインサイダー取引疑惑は、退任を24日に控えた橋本元一会長の辞意表明につながった。証券取引等監視委員会の調査対象となっている記者ら3人は、報道情報端末から放送前の「特ダネ」をのぞき、株購入に利用していた疑いが持たれている。企業合併・買収(M&A)にまつわるスクープ原稿を、なぜ簡単に読むことができたのか。NHKの出稿システムをめぐり、情報管理の甘さが浮かび上がった。

 「まだまだ私の志が組織に徹底していない。まさに恥じ入る」

 21日夜の緊急会見で、辞意を表明した橋本会長はうなだれた。この日昼には、ドラマ撮影での不祥事も発覚。会長就任以来、最大の課題だった「信頼回復」がバトンタッチ直前で崩れ落ちた。

 「5300」。NHKによると、インサイダー取引疑惑を持たれている記者らが、外食企業の提携に関する「特ダネ」原稿を読んでいたとみられる端末は、NHK内でこう呼ばれている。

 NHKでは、原稿が完成し、放送されるばかりの段階になることを「汎用化」といい、その後は「5300」にアクセスできる職員約5400人、契約スタッフなど約2700人が読むことができる。今回の原稿の汎用化は午後2時38分。記者らは午後3時にニュースが放送されるまでの22分間に、株の買い注文を出したとされる。

 NHKは汎用化の必要性について「タイトルやスーパーを入れたり、アナウンサーが下読みしたりするため」と説明。汎用化を遅らせる再発防止策も検討している。

 しかし、関係者によると、汎用化前でも、今回の特ダネの内容を知ることは不可能ではなかったという。

 一つは、汎用化前の原稿そのものを読めた可能性が指摘されている。特ダネ原稿は、4けたの英字か数字のパスワードでロックをかけ、筆者とデスク以外は見られない。しかし、パスワードは「内線番号など分かりやすい数字を使う記者も少なくない」(関係者)といい、何らかの方法でパスワードを割り出した疑いも浮上している。

 また、汎用化するためには事前にロックの解除が必要で、解除された時点から部外者のアクセスは可能になるという。

 さらに、今回の原稿は端末上、午後3時の全国ニュースの放送予定として「外食問題」と表記されていた。原稿につく映像の説明から、この日午前中に提携話に登場する関連建物の撮影が行われていたことが、原稿の本文が登録される以前から読み取ることが可能だったという。映像説明は、特ダネでもパスワードなしで検索できるという。

●監視委、報道関連か探る

 21日までのNHKの調べで、インサイダー取引の疑いがある3人の取引詳細が判明した。岐阜放送局記者が3150株の売買で44万8000円の利益、水戸放送局ディレクターが3000株で51万4900円の利益、報道局制作記者が1000株で9万8000円の利益をあげていた。制作記者は今もインサイダー取引を否認しているという。

 証券取引等監視委員会がインサイダー取引の疑いがあることをつかんだのは、日常的に行っている株式市場の値動きのチェックからだった。

 回転ずしチェーンのカッパ・クリエイト(さいたま市大宮区)の株は07年3月8日、不自然な値動きを見せていた。

 同社が外食大手ゼンショー(東京都港区、いずれも東証1部上場)のグループ入りするという、株価を押し上げる好材料がNHKの特ダネとして放送されたのは、同日の取引が終わった後の午後3時。グループ化が公式に発表されたのは、さらに15分後。一方で8日の取引は、前日に比べて出来高で10万株も多い17万1100株で、直近2カ月間は1650円前後で推移していた終値が1720円に上昇した。

 インターネットのブログなどで、不自然な値動きに「インサイダー取引では」と指摘する書き込みも少なくなかった。

 監視委は常に、株価に影響する重要な事実が公表されると、それ以前の株売買でインサイダー取引を疑わせるような動きがないか、目を光らせている。証券会社などの協力で取引した投資家を割り出し、行政処分や告発に結びつける。

 関係者によると、1000〜3000株を本人名義で買った3人がNHKの職員だということは、昨年12月までに判明。さらに監視委は、この日にNHKが特ダネを放送したこととの関連を探っていたとみられる。監視委幹部は「重要な企業情報に早く接する報道関係者のインサイダー取引は、より悪質だ」と警告する。

●OBら苦言

 今回の不祥事を、NHKのOBたちはどう見ているか。

 「セキュリティー管理が甘すぎる」と指摘するのは、池田信夫・上武大大学院教授。元報道局員で、88年にできた原稿端末システムの設計にもかかわった。

 NHKはチャンネル数が多く、効率を高めるために各メディアの担当者が原稿をオンラインで読んで編集できるシステムにした。だが、当時でも特ダネなどは原稿をオンラインに出さなかったという。「今回、相場にからむ原稿を最低レベルのセキュリティーに解除したことは、ITのリテラシーが欠けているとしか思えない」

 政治部記者やボン支局長などを務めた川崎泰資さん(73)は、組織の劣化を指摘する。

 番組制作費横領など一連の不祥事や、会計検査院から指摘された子会社群の余剰金問題などを挙げ、「ここ10年ほどの組織全体の弛緩(しかん)ぶりが、個人のモラル低下に反映しているとしか考えられない」と話す。

 「法令順守の態勢を作るのはいいが、報道人としての倫理という根本的な問題に取り組まなければ、何も変わらない」

 55年に入局、社会部記者や解説委員などを歴任後に岐阜県御嵩町長を務めた柳川喜郎さん(75)も「考えられないモラルの低下だ。ジャーナリストとしての気概がなさ過ぎる」と嘆いた上で、「トップが権力と距離を置く姿勢を明確に示さなかったことなどが、職員全体の士気を失わせる結果につながったのでは」と見る。

 「今回の不祥事は、政治の介入の余地を与えてしまったのでは、と心配だ」。柳川、川崎両氏は口をそろえる。

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