野村克也が語る(3)人材論の動画はこちら
※野村克也が語る――編集長インタビュー 番外動画はこちら (撮影者:OhmyNews) 鳥越 ヤクルトは、野村監督のときに最下位から2位になって、それから優勝でした。あのときはチームも沸きましたからね。あれを楽天でもやってください。本当は、それを阪神のときに望んでいたんですけれどね。 野村 阪神は僕が出てからうまくチーム改革をしましたね。 鳥越 でもあれは、よく言われている通り、野村さんが蒔(ま)いた種が星野さんの時に花開いたんですよ。優勝のとき活躍した選手はみんなそうですよ。 野村 ふふ、まあそういってくれる人は多いですけれどね。負けは負けですから。 鳥越 もうちょっと頑張っていれば良かったんですけれど。 野村 まあ運命のいたずらかな。 鳥越 楽天はその点、もうちょっと腰を据えてというか。やっぱり1年2年では急速に変わると言うことはないでしょうね。 野村 僕も長い間監督をやっているけれど、ヤクルトはやはり理想的に行ったというか、僕の注文に対してフロントがきちっと動いてくれた。「野球はピッチャーだ」ということをじっくりと球団に話して、「ドラフト制がある以上、いきなり2人も3人も取れないですから、1年に1人ずつでもきちっと取っていきましょう」と。チーム作りには「育成」と「補強」しかないんですから。育成っていうのは時間もかかるしね。見間違いと言うこともあるし。 鳥越 見間違いは必ずしも悪いことばかりじゃなくてね。ドラフト3巡目、4巡目くらいで良い選手が採れることもある。イチローだって。 野村 3巡目ですかね。イチローはね、オリックスに入団した当時、僕も見ましたよ、オープン戦で。いいバッターなんですよ。「あんな選手、なんでうちはリストにもないんだ」とスカウトの編成部長に聞いたらね。「彼はピッチャーだったんだ」と(笑)。「ピッチャーとしか見ていない」という言い訳をされましてね。「そりゃ仕方がない」と納得しましたけれど。 鳥越 はっはっは。あれは、土井(正三・元オリックス監督)さんが2軍に落としたのを、河村(健一郎2軍打撃コーチ)さんが拾ったんでしたね。土井さんもあれは、イチローに関してはつらい人生だよね(※自分がイチローを育てたかのようにした発言をイチロー本人に否定された)。 野村 土井もまたどうしてあんなところにこだわったのかなと。振り子打法では一軍におけんという、変な固定観念を持っちゃったのか。 すごく印象に残っていたので、2年目に行ったとき、フロントにいた後輩に、「あの鈴木っていうのはどうしてるんだ? いらんならくれ」と言ったら「とんでもないですよ。いいですよ、あれ」って(笑)。「いいと思うけど、なんで使わんのや」って言ったら「何故か使わないんですよね」と。「そんなかわいそうな、おまえ」って話していたんですよ。そのくらい僕の目にはものすごく目立っていましたね。 鳥越 なるほどね。いまそういう風に光っている選手っていますか? 野村 今は、よその選手に目を向ける暇がないんですよ。 鳥越 じゃあ楽天の中では? 鉄平というのはどうですか? 野村 あれは予想外でした。 鳥越 聞いたことも無かったですよ、鉄平なんて。 野村 まぁ2年目のジンクスが問題ですけれどね。 鳥越 2006年シーズンで3割も打つとは思わなかったでしょう。 野村 全然(笑)。 鳥越 でしょう? 僕も全然知らなかった。鉄平って誰やこれって。 野村 なんで鉄平なんだよと。「イチローにあやかってんのか?」って聞いたら「いえ、そんなことありません」って。「ま、なんでもいいわ」ってね(笑)。 (撮影者:OhmyNews ) 鳥越 仙台の街の、球団に対する気持ちみたいものは感じられますか? 野村 東北人っていうのは、僕もまだ良くは分かってはいませんけれど、3月と9月の初め、あの寒い時期に、観戦に来られて、ゲームセットまで帰らないんですよ。負けてんのに。最後までご覧になっていらっしゃる。こういうのが東北人の気質なのかなと思いますね。我慢強い。しかも、関西で長いこと聞いていたような、汚いヤジというのが一切飛んでこない。「やめちまえー」とかね。 鳥越 関西はひどいよね、そういう点では。 野村 「何やってんだ、このバカ」とか「あほかー」とかね。 鳥越 (笑)それはない? 野村 一切ない。ゲームの最初から最後まで付き合ってくれる。何なのだろうと思いますよ。長いこと監督やっているけれど、こういうファンは初めて見ましたね。 鳥越 それはきっと、東北に今まで自分たちの気持ちを代弁してくれるプロのスポーツがなかったということでしょうね。 野村 それともう1つはね。弱いと認めているんですよ。 鳥越 ははは。最初からね。 野村 強いはずなのに負けたら、かなりの怒りが出てくる。お客さんにもストレスがあるでしょうからね。でも最初から弱いと認めてくれているからね。でも、そういう意味で来年はもう許されない。ある程度答えを出さないと。最下位が定位置になっちゃいけない、頑張らなきゃいけないと思っています。 鳥越 野球人生54年目ですか。何歳におなりになったんですか? 野村 72です。 鳥越 石原慎太郎さんは73ですからね。 野村 元気ですね。 鳥越 野村さんもまだまだ。監督では野村さん最高齢ですよね。高齢社会の希望の星かもしれないですね。 野村 メジャーリーグは80歳の監督がいたらしいですからね。 鳥越 じゃあ野村さんも記録を作って下さい。 野村 目標にしても仕方がないんですけれどね。ありがたいことですよ。それだけ人が評価してくれているということでしょうから。監督をやりたい、やらせてくれといってできる商売じゃないですからね。人の評価でやっているんですから。 鳥越 チームに来てほしいということですからね。やはり、野村さんが行ったからには阪神ではできなかった思いを楽天で是非実現させてほしい。 野村 阪神でもお願いしていたことですが、ヤクルトのやり方をね。「1年に1人いいピッチャーを取っていきましょう」ということをやりたい。阪神では逆の方向だったけれど。 鳥越 でも、(藤川)球児は? 野村 藤川球児を取ったのが1年目(1998年)。2年目が内野手、ショートですよ。3年目が藤田太陽。 鳥越 球児は花開いたんですよね。 野村 7年目でね。 鳥越 やっぱりそのくらいかかるんだな。 野村 3年か4年ですよ。 鳥越 阪神を代表するピッチャーになりましたね。 野村 あんなに身体が大きくなるとは思わなかったんですけれどね。藤川と最初にご対面したときにね、向こうはちゃんとあいさつをするんですよ。そのとき僕が最初に返した言葉が「おまえメシ食ってんのか」。 鳥越 (笑)細いよね。 野村 (両手で輪を作って)こーんな。もやしみたい。お母さんがそばにいたから「お母さん、メシ食わせてんの?」と。 鳥越 じゃあ、とてもじゃないけれどあんなピッチャーになるとは思わなかったんだ。 野村 とてもじゃない。まずあんな良い身体になるとは思わなかったですね。 鳥越 野村さんでも目が狂ったわけだ。 野村 ええ。太る、太らないっていうのは体質ですからね。太らない人は本当に太りませんから。あんな良い身体になるとは予想外でした。 鳥越 身体もでしょうけれど、彼は投げ方が、フォームがいいんでしょうね 野村 コントロールがいい、球が速いというのはバランスですから。バランスがいいんでしょう。 鳥越 藤川みたいなのが楽天にいると楽勝ですね。 野村 僕が、どこの球団に行ってもスカウトに注文するのはね。「努力してできないものを持っている人を探してくれ」ということ。足が速いとか球が速いとか、遠くへ飛ばすとか、これは努力してできるものじゃない。天性のものです。努力して出来るものはこちらがやりますと。スカウトの人たちにはいつもそうお願いをしているんですよ。 鳥越 「努力してできない何かを持っている人」。それを探し、あとはそういう人を野球の選手に育てなきゃいけない。 野村 野球センスとか反射神経とか、こういうものは努力してできないものでしょう。 鳥越 そういう方針を楽天でも? 野村 お願いはしているんですけれど、“言うは易し”でね。スカウトの人も大変でしょうけれど。 鳥越 でも楽天は阪神のようにがちがちの伝統で固まっているわけじゃない。 野村 スカウトの人たちが口にするのは「即戦力」と「将来性」。即戦力はまだ分かりますけれど、将来性はどういうところを見て取ってくるものなのか。聞いても、明快に答えてくれた人は誰もいないんだよ。 鳥越 さっきおっしゃった「努力で出来ないものを持っている」と言うことですか? 野村 それは即戦力に入ります。球が速い、足が速い、というのは即戦力。将来性って言うのは、現時点ではとても即戦力にはならないけれど、3年、5年後には育ってくるんじゃないかという。そういう選手を取るのが一番難しいでしょうけれどね。 鳥越 球児なんかまさにそれでしょうね、将来性で。 野村 ええまあ。そういうことで取ったのでしょう。球が速かったんでしょうね。大体、高校生から入ってくればスピードガンにして5キロくらいは早くなりそうです。高校で140キロ出ていれば145キロくらいまで速くなる。 鳥越 田中君だって145キロ出すんでしょう? 野村 150キロいきますよ。ただ彼の場合は、年齢的に成長期ですから、無理はいけない。身体を壊したりね。 鳥越 そうか、まだ成長期か。筋肉がまだ成長しているでしょうしね 野村 特に、試合に出たては打たれたくないから、力むでしょうしね。バランスを崩してどこかピッとくるとかね。 鳥越 ファンのちやほやもあるでしょうしね。誘いもあるし。 野村 どう育てるかは難しいですよ。 (撮影者:OhmyNews ) ■プロ野球でも人間教育を 鳥越 最後に1つ。昨年11月の日米野球では日本選抜チームの監督をおやりになっていましたね。僕はあまりにも日本の選手がきちんと出ていないのでひどいなと思いましたが。 野村 25人辞退ですよ。 鳥越 ひどいよね、あれは。 野村 見たことも聞いたこともない。名誉はどうしたのか。ぼくらが現役のときは、オールジャパンに選ばれるというのはすごい名誉に思ったもんだけれど。 鳥越 巨人の選手もいなかったですし……。 野村 日本ハムもいない、それから中日がいない。日本ハムは小笠原(道大)だけが出てくれて。彼はグラウンドで俺の所に挨拶に来てくれましたよ、「申し訳ない、力になれなくて」とね。まあ、彼本人のこともそうなんでしょうけれど、「よう来てくれたな」って言ってね。やはり日本ハムの選手が来てくれないとね。 新庄にも断られたし。けしからんよな。最後の舞台にして有終の美を飾ればいいのに。まあ、彼の中ではファンの前で引退興行をやったという思いがあったんでしょうけれどね。 鳥越 日本のプロ野球の今後は? 野村 判断基準というもの――名誉というのか、形にならないものが基準になっていないんですよ。すべてお金。確かに、年俸7億とかもらっている選手が、少ないギャラで日米野球なんかばかばかしいと思うかもしれないけれど、試合はばんばんやっているのに、体調不良といって出てこない訳でしょう。疲労回復かなんか知らないけれど、日米野球なんてたった5試合なんだから、そんなもの終わってからで十分時間あるのに、出てこない。 鳥越 やっぱり時代の流れですかねえ。 野村 僕はね、各チームの12人の監督さんが今こそ人間教育をやらなきゃいけない時代に来ていると思うんですよ。われわれがプロに入って鶴岡監督に出会ってね、監督からバッティングがこうだ、ピッチングがどうだなんて話は聞いたことがない。人間教育とか、いまの世の中はどういうもんかという社会勉強、社会学と人間学、これが主でしたよ。 鳥越 それでいて野球は強かったわけですからね。 野村 ええ。やっぱり文武両道というんじゃないけれど、内面から来るものをしっかりしないとね。技術ばかりやっていても仕方がない。 私の口からは言いにくいんですけれど、一般的な風潮として、家庭教育とか学校教育が非常におろそかになっているとマスコミを通して耳に入ってきています。もしそうだとしたら、今プロ野球に入ってくる選手たちもまた、きっちりとした家庭教育、学校教育を受けていないということになる。その前提の中で、今こそ最低限の人間としての常識を身につけさせるというか、話をするようにしていかないとだめなんじゃないかと思うんですよ。 鳥越 プロ野球においても人間教育を。 野村 監督がね。技術論なんか二の次で良いんですよ。 鳥越 ベストセラーになった藤原正彦さんの「国家の品格」(新潮新書)に書かれていることも、基本的にはそういうことなんですよね。日本人に欠けているもの、日本の伝統的なものを伝えていく。 野村 やっぱり、組織、チームとして存在していかなければならないんだから、最低限のルール感覚を持たせる必要があると思っている。そういう意味で、茶髪・長髪・ひげは禁止。今の時代には合わないかも知れないけれど、チームの決まりごとなのだから、それくらいの自分のわがままは抑える、抑制することも大事だと思うんですよ。 鳥越 抑制する心も大事ですよね。今あまりにもコントロールするってことができなくなっていますから。 野村 そういうことがきちっとできないと、いくら野球を教えてもダメですよ。 鳥越 人間教育ということですね。 野村 ははは、あんまり僕の口からは言いにくいんだけれど。人間できていないからね。 (構成・まとめ/軸丸靖子) 【関連記事】 野村克也が語る(2)プロ論――編集長インタビュー 野村克也が語る(1)育成論――編集長インタビュー
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