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韓国の遺族50人招き追悼式 旧軍人・軍属の遺骨返還

2008年01月22日22時03分

 旧日本軍の軍人・軍属として徴用され、戦死・戦病死した朝鮮半島出身者の遺骨101人分の韓国返還に合わせ、遺族を招いての政府主催の追悼式が22日、遺骨を保管してきた東京都目黒区の祐天寺であった。こうした式典開催は初めてで、まとまった数の遺骨返還も76年の22柱以来。遺骨は23日、60余年ぶりに故郷へ戻る。

 式には韓国から遺族50人と政府・強制動員被害真相糾明(きゅうめい)委員会の全基浩(チョン・ギホ)委員長が、日本側は厚生労働、外務の副大臣が参列した。

 12歳上の兄正逢(ジョンボン)さんを失った遺族代表、金慶逢(キム・キョンボン)さん(71)=ソウル=は「はな垂れ小僧、いたずら小僧の慶逢は、父さん母さんより白い頭になって、やっと兄さんに対面することができました」と追悼の言葉を述べた。

 正逢さんが満州に出征したのは44年9月。死亡の知らせは来ず、家族で待ち続けた。祖母は新聞を毎日積み上げ、「この高さになったら帰ってくる」と言い聞かせていたという。

 06年初め、同委員会を通じて、日本政府が保管する「陸軍戦時名簿」に戦病死が記録され、遺骨が祐天寺にあることが伝えられた。45年3月に転戦先の中国で狭心症で死亡していた。「兄貴が何のために死んだのかと考えると悔しい。こんなにも長い間、供養してやれなかった自分が情けない」。兄の戦争を終わらせてやれるのが慰めと思っているという。

 厚労省によると、朝鮮半島出身の軍人・軍属の死者は約2万2000人。48年以降、日本政府から約8800人分の遺骨が返されたが、遺族や縁故者が確認できないなどとして、同寺に1135柱が預けられたままになっていた。05年の日韓首脳会談で小泉首相(当時)が遺骨返還推進を約束し、作業を進めていた。

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