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「社名ヒント出すな」社保庁が年金窓口に裏マニュアル 

2008年01月21日

 5千万件に上る「宙に浮いた年金記録」の解消策とされる「ねんきん特別便」をめぐり、社会保険庁が窓口を訪れた人に記録漏れの特定につながる助言をしないよう社会保険事務所に求めるマニュアルを作成していたことがわかった。窓口対応の手引を補足する「裏マニュアル」とも呼ばれ、「過去の勤め先を思い出せない人に事業所名の頭文字は教えない」などと厳格な内容になっている。他人の記録の持ち主になりすます不正を防ぐ目的だが、専門家は「あまりに厳しすぎる。このままでは統合できない記録が大量に残る」と指摘している。

表   

 ねんきん特別便は昨年12月末までに、記録漏れの可能性が高い人を対象に48万人分が送られたが、記録漏れがあったとして訂正できた年金受給者は約2万人にとどまる。この背景に「裏マニュアル」の存在があるとみられ、社保庁は内容の見直しを検討している。

 社保庁によると、同庁は昨年12月14日、全国312の社保事務所と各自治体に対し、「私と同じ氏名や生年月日の記録を教えてほしい」などのあいまいな相談に応じないとする「相談対応Q&A」を送付。その3日後、ねんきん特別便の発送を始めた。

 ところが同18日、年金加入記録の確認に必要な事業所名▽雇用期間▽所在地――の3点に関し、窓口の社保事務所向けに別のマニュアルを送付。「最初の一文字を告げて『○から始まりませんか』などの誘導はしない」「『○○市の事業所』と告げるのは不可」などと対応の徹底を求めた。このマニュアルは一般に公開していない。

 このため、窓口で過去の勤め先を思い出せなかった高齢の年金受給者が訂正できず、記録が統合できないケースが相次いでいる。特別便の発送を受けて回答した約16万人のうち、約14万人が「記録に問題はない」としており、思い出せないまま訂正をあきらめた人も含まれているとみられる。

 同庁年金相談推進室の山上義雄・室長補佐は「裏マニュアル」と認めたうえで、「他人の記録の可能性があり、ヒントは教えてはいけないということを徹底するために作成した」と話している。

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 「50年も前の話やで。会社名も社長も覚えとらん。殺生や」「でも、思い出してもらわんとね」――。

 暮れも押し迫った昨年12月27日。大阪府吹田市の吹田社会保険事務所を訪れた無職男性(67)は職員に詰め寄ったが、あっさり突き放された。

 1950年代半ば、宮崎県から集団就職し、約5年間勤めた会社のことが記録から漏れていた。会社が奈良県内にあったのは覚えているが、その後、転職を重ねており、どうしても社名が思い出せない。職員から社長の氏名も尋ねられたが、半世紀前の記憶が残っているはずもない。

 「同僚も死んだり、連絡先がわからなかったりで、手がかりすらない。ヒントぐらい教えてくれてもいいのに……」。男性は肩を落として社保事務所を後にした。

 窓口で困り果てる相談者が多いため、「裏マニュアル」に反した対応を取る職員もいる。大阪府内のある社保事務所の職員は珍しい氏名など「なりすまし」の疑いが低いと判断すれば、手元の資料などを見ながら「○○に勤めていましたね」と告げているという。

 別の職員は「転職などで社員名簿や給与明細書といった資料が残っていない人も多い。同じ日に生まれた同姓同名の人はめったにおらず、ヒントにわざと間違いを入れるなどすれば、『なりすまし』も見破れる」と言い切る。「門前払いと同じ」と、受給者に冷たいマニュアルへの批判も現場に強い。

 年金問題に詳しい井上英夫・金沢大教授(福祉政策論)は「一連の問題の被害者の受給者に社保庁が立証責任を求めるのは本末転倒。これでは記録は永遠に統合できない」と指摘する。

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 《ねんきん特別便》 「宙に浮いた年金記録」解消のため、今年10月までに国民、厚生、共済の各年金などの受給者約3千万人と現役加入者約7千万人に届けられる。訂正の手続きをしないと、本来もらえる年金額を受け取れない。記録に残っている氏名、性別、生年月日をもとに送付しており、社会保険庁は、誕生日が同じ同姓同名の人物が対象者になりすます恐れがあるとしている。

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