川口盛之助の「ニッポン的ものづくりの起源」

クールジャパンと職人気質の合体

技能五輪やノーベル賞歴から日本の推進力が見えた

 その設計部の前には試作・開発部があります。新しいメカニズムや制御機構など様々な自然科学の分野の成果は、技術論文として学会に提出されますので、「開発」は各国の自然科学の分野の「論文提出件数」を比較することとしました。

 このあたりから企業だけでなく、大学や国研などの研究機関が混在する領域になるのですが、その一番上流工程には基礎研究と呼ばれる領域があります。ここで最も権威あるブランドと言えば文句なしに「ノーベル賞」でしょう。「研究」は、平和賞や文学、経済学賞を除いた物理学賞と化学賞、生理学・医学賞の総計値で比べてみます。

 しかしノーベル賞には科学の母とも呼ばれる「数学」が入っていません。この賞の思想として、社会への直接的な貢献という考え方があるためです。そこで、国際的に特に権威の高い8つの賞を選び出してその受賞総数を国別カウントしました。(数学分野6賞:フィールズ賞、ネヴァリンナ賞、アーベル賞、ショック賞、ウルフ賞、ガウス賞、計算機科学分野2賞:チューリング賞、ゲーデル賞)。これが純粋な「理論」の領域での比較指標になります。

 技能五輪から数学賞までの並びとは、ものづくりの下流から上流へとさかのぼる順列となっていますが、見方を変えると、後者ほどより贅沢な領域とも言えるでしょう。国が豊かになり、社会資本が蓄積してくると、論文を書けるほどの高等教育を受けたエンジニア層が充実してきます。徐々に企業も本格的な基礎研究所を持てるようになり、田中耕一さんのようにノーベル賞まで獲れるエリートも出現します。

 さらには、数学のように直接産業貢献が見えにくい領域の先端研究に予算をつけられるということは、社会全体の成熟を意味しているはずです。段々と、すぐにはリターンの得られない贅沢な分野になってきました。そして、当分の間は役に立ちそうにも無い研究という軸線上に「嘆かわしいほどの妙な研究」というものが置かれるべきと考えました。

「芸術的センス」や「企画力」が評価されるイグノーベル賞

犬の鳴き声を声紋分析する犬語翻訳機「バウリンガル(すでに生産は終了)

犬の鳴き声を声紋分析する犬語翻訳機「バウリンガル」(すでに生産は終了)

 そこで着目したのが「イグノーベル賞」です。この賞は、現状の自然科学体系の正統派から見ると、高く評価されにくいものの、非常にユニークで尖った研究成果に与えられるもので、1991年に創設されハーバード大学で毎年授賞式が行われています。ノーベル賞をもじった「なんちゃって賞」の一種ですが、その受賞内容をつぶさに見ると「なるほど感」の高いものが多く、なかなか渋い選考基準をセールスポイントにしています。日本からの受賞内容の一例を紹介すると、以下のようなものがあります。

  1. ピカソの絵とモネの絵を区別させる鳩の訓練
    1995年:渡辺茂(慶応義塾大学 文学部教授)
  2. 「たまごっち」の発明
    1997年:横井昭宏(ウィズ)、真板亜紀(バンダイ)
  3. 犬語翻訳機「バウリンガル」の発明
    2002年:佐藤慶太(タカラ)、鈴木松美(日本音響研究所)、小暮規夫(獣医師)
  4. 鳩が糞をしなくなる銅像に好適な合金の発明
    2003年:廣瀬幸雄(金沢大学教授)
  5. カラオケの発明
    2004年:井上大佑(会社経営者)
  6. 34年にわたり自分の食事を撮影し、献立が脳や体調に与える影響を分析
    2005年:中松義郎(ドクター中松)
  7. ウシの排泄物からバニラの香り成分を抽出
    2007年:山本麻由(国立国際医療センター)
今や世界共通語となった「KARAOKE」を発明し、「人々が互いに寛容になることを学ぶ、全く新しい方法を提供した」という功績によりイグノーベル賞を受賞した井上大佑さん。写真はカラオケ第1号機

今や世界共通語となった「KARAOKE」を発明し、「人々が互いに寛容になることを学ぶ、まったく新しい方法を提供した」という功績によりイグノーベル賞を受賞した井上大佑さん。写真はカラオケ第1号機

 バウリンガルやカラオケ、たまごっちの発明などは、確かに権威ある学会の評価は頂けそうにないものですが、設計思想的にマン・マシンインターフェースの奥深さを感じさせる先駆的な商品だと思います。また慶応大の渡辺教授による鳩の研究は、人には容易であるものの、コンピューターには難題となる抽象画と印象画の画像識別技術という課題に示唆を与えるもので、これもまたロボット工学への示唆に富んだ「質感」に関する深遠な研究成果です。いずれも素人に面白さが伝わってくるものながらも、単純に遊び心という言葉では片づけられない深さを秘めた業績が選ばれています。

 このようなセンスは、好奇心とかファンタジーというような子供心にも通じる情緒豊かな世界観がある文化的土壌の上で、社会が豊かになってくると、化学反応のようにボトムアップで生まれてくる種類のものだと思います。このセンスはものづくりの最上流、商品企画の領域で発揮される能力を代弁しているのではないでしょうか。技能五輪の腕のワザから基礎科学の頂点の数学へ至る道を技術の道とすると、途中からものづくりが芸術的センスへの道に分かれていくのがイグノーベル賞と言えるかもしれません。

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このコラムについて

このコラムでは、商品の機能やデザインにフォーカスし、その商品が生まれた発想の起源を探ります。特に日本の商品に密かに隠れたいかにもニッポン的な「和」のテイストに注目しながら、日本のものづくり文化に息づく競争力の源泉を紐解いていきます。

筆者プロフィール

川口盛之助
(かわぐち・もりのすけ)

川口盛之助

慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社)がある (写真:山西 英二)

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