ある雨の日

  • 2006/11/24(金) 07:32:04

……その日は朝から雨だった
雨が降っている、ただそれだけの一日だった


……目が覚めて
まず最初に、とりあえず時計を見る
短針は8を少し回ったところを指している
「早すぎたな……」
大多数の人間には危うい時間かも知れないが

俺は三一要(みいち かなめ)という
残念ながら学生じゃない
しがない、実家寄生型のフリーターだ
家族は全部で3人。俺と、両親だ
父親は会社勤めのサラリーマン、職種は……良く覚えてない
特に面白そうでもない仕事だったはずだ
それでもそこそこの役職には就いているらしく、このご時世には珍しくお金には困っていない
子供が俺一人だったこともあり、母親は主婦として家事全般のみを頑張っている
……自分で言うのもなんだが、悪くない家庭環境だと思う
家も当然持ち家だし

「……起きるか」
バイト先はスタンド、今日の入りは11時
時間には大いに余裕があるが、だからといって選択肢が二度寝しかないわけじゃない
とりあえず、朝飯を食おう

「おはよう」
のそのそとリビングに顔を出し、相手を確認もせずに挨拶をする
「ああ、おはよう」
「おはよう、要」
予想に反して返事は二つ
「……珍しいじゃん。父さん、今日は休みなわけ?」
「何だ、昨日言っただろう。今日は……」
「デートなのよ、デート。ホテルでディナーなんて何年ぶりかしらー」
……ああ、そうか。そういえばそんなことを言っていた
ラジオかなんかのプレゼントに応募したら当たったとか
「全く……いい年して浮かれすぎなんだよ、お前は。息子の前でデートとか言うか?」
「やーん、だって楽しみじゃない? あなたと二人で出かけるなんて本当に久しぶりだものー」
「……」
……呆れて言葉も出ない
それは父さんも同じのようだ
……夫婦仲が良いのは大変結構なことだが
「……朝ごはんをください」
ここは流さないといけない
もし、まあ楽しんできなよ、とでも言おうものならもう止まらない
朝一から母さんの弾丸トークは正直勘弁だ
「はーい、今朝は何がいいかしら? トースト? ご飯?」
「ご飯で」
ちなみにご飯を選ぶと味噌汁が出るし、トーストを選ぶとスープが付く考えてみれば贅沢極まりない選択だ
「おお、そうだ。要、そんなわけで今日は車使うからな。お前スタンド乗ってくなよ」
「……了解。チャリで行くよ」
車庫が足りないわけじゃないんだけど、我が家に車は一台しかない
それも八割がた俺用の車だ
父さんは車にあまり興味が無く、普段は電車で通勤している
朝の満員電車に乗らないと会社に行った気がしないんだとか
……変わっていると言えば、変わっている
「はい、おまたせー。たんと召し上がれ」
「……いやいや」
何故朝から八品以上も出てくるんですか?

豪華な朝飯をゆっくりと完食しても、やはりまだ時間は余った
部屋に戻り、ベッドの上で呆ける
現状を、もう一度考える
……学校を卒業した時点で、俺は進路未定のプータローだった
進学も、就職も考えなかった
……他に考えたいことがあると言って
それを両親は許してくれた
いくつかのアドバイスと共に、俺に自由をくれた
それには本当に感謝している
だが、かといってずっとこのままで良いなどとは思っていない
俺も成人したわけだから、そろそろ一人暮らしでも始めようかと思っている
仕送りなんて当然もらわず、自分の稼ぎだけで生活しようと
……思うだけで行動は起こしていない
理由としては……
俺には、目的が何も無いから
何も、為すべきことが無いからだ
何となくで独り立ち……そんなこと出来はしない
……動機の代わりに、きっかけがあれば、と昨日も今日も多分明日も思っている

……失敗した
そう気付いたのは家を出ようとした瞬間だった
「……雨じゃん、今日」
今更気付くのもどうかとは思うが

昔は雨が嫌いだった
いや、雨が、というより濡れるのが嫌いだった
別に髪型が崩れるからとかそんな理由じゃない
濡れた服が肌に張り付く独特の感覚が嫌いだった
必要も無いのに憤らせてくれた
無意味なストレスをたくさんくれた
そんな話を友達にしたら、奇異の目で見られた
当たり前だ
俺は……傘をさしていなかった
どんな降りの日だろうと、そのまま浴びていた
何故傘をささないのか? と聞かれたら、天の恵みは体全体で感じないといけないだろ、と答えていた
確か元ネタは漫画か何かだったと思う
そんなことを無駄に真似て、結果として雨が大嫌いになった
……全て過去形である
今は、雨が好きだ
理由は至極単純
「……良し、暇そう」
スタンドが暇になるからだ

「お前……傘どうしたよ?」
スタンドの脇に自転車を止め、中に入った瞬間にマネージャーに見付かる
「自転車だと危ないじゃないっすか、傘さし運転」
「……正論ではあるが……だからって濡れてくるこたないだろうに」
「レインコート忘れたんですよ、ちょっとぼけてて」
「やれやれ……風邪引くんじゃねーぞ」
「バカは風邪引きませんよ」
学生時代から繰り返されてきたやり取り
新しい出会いがある度に、ただ単調に再生する
……空しい限りだ

「暇ですねえ……今日は」
「全くだ……」
このスタンドは洗車中心で収益を上げている、いわゆる洗車スタンドだ
晴れた日は鬼のように忙しいが、雨の日は一転して暇になる
どちらがいいかと聞かれて、一昔前の俺なら忙しい方が働き甲斐があっていいっす! とか言ってただろうが、今は間違いなく暇な方がいい
……どうせ時給制だ、店の繁盛云々は給料に関わらない
「仕方ねえ、休憩回すか。三一、昼入っていいぞ」
「え? もうっすか?」
「ああ。皆で突っ立っててもしょうがねえだろ」
「……それもそうですね。じゃあ、入ります」
「あ、後お客さんから差し入れでもらったたい焼き、置いてあるからな。食って良いぞ」
「了解です」

「……なんだ、このたい焼き」
先入観と油断が俺に驚きをもたらした
……いや、大したことじゃない
「これは……チョコレートか? 最近のたい焼きはけったいなものが入ってるな……」
たい焼きの中身はあんこ。そう勝手に信じ込んでいたからちょっと驚いた
別に嫌いなわけじゃない
……存在を初めて知ったわけでもない
「……」
思い出せるものがありそうだった

昔、こんなようなたい焼きをしょっちゅう食っていた時期があった
地元の駅からほんの二駅ほど離れた場所に母親と一緒に通ってて、その帰りにご馳走してもらっていた
……児童相談所だ
何故通うことになったのかは覚えていない
いつから通わなくなったのかも覚えていない
だが、確かに通っていた
……何故忘れていたのだろう
それなりに……インパクトのありそうな過去だが
「……考えるまでもないか」
そこで起こった出来事で、思いだせるのは僅かに二点
まず、片手が火傷で爛れた女の子、確か一つか二つ上
それなりに親しかったはずだ
その火傷の理由を聞かなかったことを褒められたのが一点
次に、ある日ミニ四駆の大会を開くといって呼ばれて、行ってみたらみんなが自作したコースが置いてあった
それをすごいと褒めたのが一点
……どちらも罪悪感の記憶だ
俺は、女の子を気遣って理由を聞かなかったわけじゃない
ただ気持ち悪かっただけだ
俺は、すごいなんて思ってない
こんなところでレースなんて出来るわけ無いだろ、と思っていた
昔から上辺だけ調子乗って生きていた、その事実を感じさせるものだけ覚えている
それ以外を忘れているのなら、基本的には楽しいことばかりだった、ってことだ
思い出には成り得ない
あそこの最大の効能は、むしろ両親にあったのではないかと思う
児童相談所っていうのは、ぶっちゃけ子育て相談所だ
子供を適当に遊ばせておいて、そこの先生?と親とが話をする場所なんだと思う
証拠として、現状親は変わったが、俺はむしろ悪化した
父親は暴力がちだったのがすっかりおとなしく
母親は悩みを吐き出し少し安定
俺は、可愛い問題児から真面目そうな異常思想者に
……今の自分より、そこらで夜通し遊びまわってる不良さんたちの方がよっぽどマシだと思う
社会的に気付いてもらえるのは動機不明瞭な犯罪を犯してからだろうが

「It rains cats and dogs!」
……正にどしゃ降りだった
夕方前から雨は強まり、店に流れる有線さえ聞こえないぐらい
「すげえ雨……こりゃ開店休業だな」
「ですね……」
流石にここまで来るとみんな家路を急ぐ
わざわざ車に飯をやる人は少ない
……だから、ああいうのが来ると目立つ
「あれ? あれって三一の車じゃないか?」
「……ですね。今日は両親が使ってるんですよ」
前後違うホイールを履いた、やたらと低いスポーツカー
正直両親には似合っていない
……かといって自分にも似合ってるかどうかは疑問だ
染め切れなかったのは……俺の心の薄さゆえか
「給油してくな。給油口どっちだっけ?」
「あ、いいっすよ、自分行きますから」
レーンが開いていることを確かめ、誘導体制に入る
……もう一度車の方を見た時だった
ノーズが動いた瞬間に、ああ、やったな、と思った

          グシャッ

……スローモーションになったりはしなかった
正真正銘、一瞬
反対車線から入ろうとした両親の乗る車は、直進してきた大型トラックに横から突っ込まれた
……そのまま先の交差点まで持っていかれた
周囲がどよめきだす
それは当たり前、どうみたって中身は死んでいる
一番騒ぐべき俺は、何故か静かだった
「バカが……迷惑なんだよ」
これが、俺が両親に送った最後の言葉だった
……届くことはなかっただろうが


妙な男が俺を訪ねてきたのはそれから数日後のことだ

御剣神社

  • 2006/11/16(木) 21:54:06

御剣神社

 昇仙、と呼ばれる山脈地帯のうち、一つの山の中腹に位置する神社……らしき場所。祀られた御神体がトンデモなうえ、鳥居が鬼門を向いているので毎夜、妖怪の襲撃を受けている。そのせいかは定かでないが参拝客はほぼ皆無であり、年中行事などというものも存在しない。いつ、誰が、何のために建てたのかも謎である。
 外観的には普通の神社と変わらない。境内はかなり広いが手入れは行き届いており、誰も使っていない社務所に至るまで清浄に保たれている。宿舎も設けられていて、宮下一家はここに暮らしている。山を少し登ると渓流があり、頂上近くには奥殿がある。ここは奥殿というよりむしろ別殿で、本殿側とは別に機能しているようだ。
 「御神刀」のほとんどはここを舞台に語られる。話が進むにつれ、謎も少しずつ明らかになっていくだろう。

屑与オイルサービス(株)夕村SS

  • 2006/11/01(水) 14:10:09

屑与オイル

 昇仙のふもとにある、幹線道路沿いのガソリンスタンド。看板はSS(サービスステーション)になっているが、まあ、GS(ガソリンスタンド)である。店の規模や従業員のやる気まで考慮に入れて。
 達也のバイト先であり、要も物語が始まってすぐにここでバイトを始めることになる。……ちなみに、所長の特技はヘアカットらしい。