現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2008年01月19日(土曜日)付

アサヒ・コム プレミアムなら社説が最大3か月分
アサヒ・コム プレミアムなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

株の不正取引―NHK記者のやることか

 こんなことを記者がやっていたとは、なんとも悲しむべきことだ。

 NHKの報道局記者らが、放送前の特ダネ原稿を局内の端末で読み、資本業務提携で値上がりしそうな株を買い、翌日売り抜けて利益を得ていた。

 証券取引等監視委員会はインサイダー取引と見て調査に入った。疑いのある3人のうち2人は大筋で認めている。

 1年半前、日本経済新聞社の広告局員がインサイダー取引で逮捕されたが、記者がかかわるのは初めてである。

 「高い倫理観が求められる報道に携わる者が、報道目的のための情報を自己の利益のために悪用したことは許されない」。橋本元一会長がそう言って謝罪したのは当然だ。

 入手した情報を報道以外に使えば、取材先から信用されなくなる。しかも、それでもうけようというのは論外だ。

 深刻な事態なのは、NHKだけではない。新聞を含めてすべてのメディアが、同じような不正をしているのではないかと疑いの目で見られかねない。

 3人の間に連絡はなく、ばらばらに株を売買していたという。そうだとしたら、不正に手を染めていたのは3人にとどまらないのではないか。3人は今回だけでなく、これまでもインサイダー取引を繰り返していたのではないか。そう思われても仕方があるまい。

 NHKはすべての職員を調べて、結果を公表するというが、おざなりの調査で済ませてはいけない。再発防止策も急がなければならない。

 それにしても、日経新聞社のときにあれだけ騒がれたのに、NHKの危機管理はあまりに甘かった。

 「取材で知り得たことを個人のために利用してはならない」とガイドラインにあるというが、経済部員にさえ株取引の自粛は口頭で伝えるだけだった。5千人もが放送前のニュース、とりわけ特ダネを見ることができるシステムにしていたことも信じられない。

 ほかの報道機関は、株取引の制限などを明文化しているところが多い。朝日新聞社の場合、半年以内の短期売買は自粛するよう全従業員に求めている。編集局員はさらに、担当分野については短期売買でなくても自粛すると定めている。

 新聞やテレビの記者は、様々な企業情報に接する。職業倫理としては、株取引を一切しないというのが筋だろう。

 とりわけ公共放送のNHKは、特定の企業と距離を置くことが求められる。NHK職員になれば、株取引はできない。それぐらいの覚悟を持ってもらいたい。

 そのうえで、NHKの全員に考えてもらいたいことがある。

 唯一の公共放送としてライバルのいない甘えがありはしないか。厳しい競争なしに受信料が入る制度に安住してはいないか。そう自問し、立て直しを真剣に考えないと、NHKそのものが国民から見放されかねない。

首相の演説―では「改革」はどうする

 「国民本位で」「国民の目線で」「国民の立場に立って」……。

 きのう開幕した通常国会冒頭の施政方針演説で、福田首相が繰り返し強調したキーワードは「国民」だった。

 競争、改革が強調された小泉政権以来の流れを変えたいという意図なのだろう。消費者や生活者としての国民に政治の照準をあわせていく。安全、安心、信頼の回復を旗じるしに、いわば癒やしの政治を目指したい。そんな「福田流」の思いは伝わってきた。年金不信を意識しての低姿勢でもある。

 安倍前首相の突然の政権放り出しで、急きょリリーフに立ってから4カ月。「何をやりたいのか分からない」と批判を浴びた首相が、ようやく打ち出した福田路線である。

 政権維持が難しそうになると、がらりと目先を変える。自民党が得意としてきた局面転換の手法をそのままなぞったかのようだ。前日の自民党大会で「立党以来の最大の危機」と強調したのも、首相の意気込みのあらわれに違いない。

 温暖化の問題では「低炭素社会への転換」を看板政策に掲げた。地球環境のために社会の仕組みを変える。そこまで踏み込んだことは評価したい。これからの具体的な政策に注目する。

 こうした路線転換と裏腹なのだろう、小泉時代のキーワードだった「構造改革」は演説に一度も登場しなかった。このところ批判されがちな小泉改革とは一線を画したいという気持ちは、分からないではない。だが、財政再建や行政改革などの取り組みが緩むとすれば、後退と言うよりほかない。

 弱者へのセーフティーネットを手厚くする、道路は造る、農家や中小企業にも目配りをする……。首相の演説にはそんな施策がちりばめられている。政府が提出した新年度予算案のなかで歳出入の帳尻は合わせてあるとはいえ、野放図な財政拡大に歯止めをかけるといった決意が薄れてきた印象は否定できまい。

 解散・総選挙の足音が近づき、自民党内では選挙向けの施策を求める声が強まっていく。よほどの指導力がなければ、バラマキの復活につながりかねないことを首相は肝に銘じるべきだ。

 米国の低所得者向け(サブプライム)住宅ローンの焦げ付き問題から、世界経済には暗雲が広がっている。そのなかでも日本市場の低迷ぶりが際立っている。財政再建など改革への取り組みがスピードダウンしていると見られていることが、その原因のひとつと指摘される。

 そうした大波に抗して、この国をどう引っ張っていくつもりなのか。国民への目配りを重視する首相の思いは理解できるが、内向きばかりに目を奪われて日本丸が沈み始めては元も子もない。

 癒やしの政治も、経済の安定なしには立ち行かない。福田流の「改革」をもっと明確に語ることだ。それなしに国民本位と言われても、説得力がない。

PR情報

このページのトップに戻る