平和をたずねて

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平和をたずねて:二つの笑顔の間で/1 日本兵は怪物なのか

 鉄かぶとの下の目を細め、口元から白い歯がこぼれる。何の影も屈託もなく、その日本兵は笑っていた。5人の中国人の死体が横たわる中で、右手に日本刀、左手には切り取ったばかりの生首をぶら下げて。

 その写真を見たのは長崎市西坂町の「岡まさはる記念長崎平和資料館」。朝鮮人被爆者の調査・救援に奔走した平和運動家、岡正治氏の遺志を継ぐ人々が12年前に開いた。館内には、強制連行や従軍慰安婦問題、南京大虐殺、731部隊などを告発するパネルや書籍が並ぶ。

 徹底して日本の加害行為にこだわった展示は、被害ばかりを訴えがちな被爆地における「良心」と言うことができよう。行政の補助を受けずに市民の篤志だけで運営し、多くの圧力に抗して日本の加害を伝える困難さ、貴重さもよく分かる。展示内容も事実だと疑わない。ただ、8時間かけて展示を見た私には、小さな違和感が残った。と言うのもこの展示だと、当時の日本兵や日本人が現在の私たちと地続きではなく、全く別の冷酷無比なモンスターだったように思えてしまう気がしたのだ。

 「日本人がしてきた事がとてもざんこくでひどかった! 首を切って喜ぶなんて、おかしいと、とても思った! 日本人がしてきた事にあたまがいたくなった!」(熊本の11歳の女子)

 「見終えた後は言葉が出なかった。頭がボーッとしている。人を殺して笑顔でいられる日本兵に対しては怒りと悲しみしかわいてこなかった」(愛知の17歳の女子)

 アンケートにもそんな感想が残っていた。

 館を運営するNPOの高実(たかざね)康稔理事長に聞くと、これらの展示を見て自分もやったと名乗り出た元兵士は、12年前の開館以来一人もいないという。「現れてもよさそうですけどねえ」と、高実さんは不思議がるが、私は無理もないと思う。

 佐世保の70代の男性がこう記していた。

 「近所の豆腐屋の息子が出征してその後帰還し、私に見せてくれた写真がまさしく『南京大虐殺』のそのものでした。バックに自分が斬(き)った老若男女の首を棚に並べて、前に軍刀をついて笑いながら立っている写真でした。彼は内地では親孝行の温和な若者ではありました」

 そうなのだ。生首をぶら下げて会心の笑みを浮かべるこの兵士もきっと、私たちと変わらぬ家族思いの「善良な」青年であったはずだ。そのもう一つの側面にも光を当てねば、なぜ自分はあんなことをしたのかと当事者を深い内省に導くことも、若い世代に自分も同様の笑顔を浮かべるかもしれないと沈思させることもできまい。

 家族思いの男たちはなぜ、笑って人を殺せたのか。その心性を我々は断ち切れたのか。過去の罪をきちんと認めてなお、堂々と現在を生きる道はあるのか。

 そんな問いを胸に、自分の楽しみで中国人の首を切ったという元兵士を訪ねた。<福岡賢正>=次回は16日に掲載

毎日新聞 2008年1月9日 大阪朝刊

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