◇中国経済けん引 原油高騰、紛争拡大要因にも--藤原帰一・東大教授
米大統領選挙に北京五輪、08年には国際政治のビッグな日程が多数ある。07年には英仏首脳も交代しており、国際政治はニューリーダーたちに委ねられる。世界はどう動こうとしているのか。国際政治が専門の藤原帰一(きいち)東大教授に聞いた。【太田阿利佐】2008年世界を読む
国際情勢で押さえておくべきは、米国は世界で圧倒的な軍事力を持ちながら、その影響力が大幅に後退している、という事実です(※注1)。
理由の一つはイラク戦争。兵力を増派したので情勢はやや安定しましたが、今度は撤兵ができない。イラク駐留米兵は十数万人で、交代要員も必要です。イラクに兵力をさき続ける限り米国は新たな戦争はできず、北朝鮮やイランなどの政権は、米国との戦争を恐れずに政策選択できるわけです。もう一つの理由は米国の国内政治です。06年の中間選挙で上下院ともに民主党が勝ち、ブッシュ政権はレームダック(死に体)になった。すでに民主党を中心とした外交の模索も始まっています。
影響力低下の根本的な理由は、敵を増やしすぎたこと。対テロの名の下、北朝鮮を悪の枢軸と呼ぶなど、多くの脅威に同時に立ち向かう政策をとった。軍事戦略としては極めて愚かでした。
■火薬庫のアフリカ
08年、イラクよりさらに深刻になりそうなのがアフガニスタンとパキスタン。まず、アフガニスタンでは、国連の関与を限定的にして地元軍閥に頼ったのが間違いでした。軍閥の弱体化とともにタリバン勢力が復活し、アルカイダも活動を再開。治安が急速に悪化したので、各国は国際治安支援部隊(ISAF=アイザフ)からの撤退を検討しています。
アフガン状況が好転しない原因の一つは、パキスタンの領内での活動ができないからでした。同国では、▽ムシャラフ大統領と軍▽イスラム勢力▽暗殺されたベナジル・ブット元首相が属していたデモクラシー勢力--が対立を深め、2月に総選挙をしても安定的な政権が樹立される可能性はまずありません。
米国は、イスラム勢力に政権が渡るのは絶対に阻止する方針です。パキスタンの核が、他のイスラム諸国に拡散するのが怖いからですが、米国がイスラム教徒連盟のシャリフ元首相をはじめとするイスラム勢力を抑えようとすればするほど、反発が激化してきた。そもそもイスラム諸国で選挙が実施されれば、イスラム系政党の力が強まるのは必至。政権を握れば現実路線を採らざるを得ないのだから、米国はムシャラフ支援とシャリフ排除を断念し、米国と協力するイスラム政権を模索するほかはないでしょう。
今後、重要なのはアフリカ諸国の動向です。コンゴ民主共和国は、一昨年大統領選挙があったが不安定なまま。ソマリアでもエチオピアの軍事介入以後も混乱が続いている。安定的と見られてきたケニアでも民族対立が顕在化してきた(※注2)。これらの地域紛争は世界情勢とは関係ないと思われがちですが、戦争に発展する前に安定統治をつくらないとアルカイダを生んだアフガンのようになりかねない。
これらに比べ、北朝鮮ははるかに安定した課題です。とんでもない独裁政権ですが、自滅的な戦争をする可能性は少ない。だが、核廃棄の実現は大きな課題です。
ロシアでは大統領選後もプーチン路線の変更は基本的にないでしょう。ロシアの問題は、民主主義と明らかに逆行するような権威的な支配が復活したことです。しかし、他国に脅威を及ぼすことについてプーチン大統領は非常に慎重で、だからこそ米国も正面からの批判をしていません。
■デモクラシーの国に変化
11月の米大統領選は共和党が弱いので、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ両氏のどちらになるかという選択でしょう。両者ともに、予備選挙のある州で、有権者受けする政策を語っているだけですから政策の違いはまだ見えない。だからこそ議論の的は「あなたは前は違うことを言っていた」という揚げ足取りばかりが続くわけです。
民主党候補はいずれもイラク撤退を求めていますが、この点では実はブッシュ政権も同じで、ただ撤退したいができず、撤退するために増派するという悪循環になっています。この状況は、民主党政権になっても変わらないでしょう。新政権は対中関係重視にはなるでしょうが、それはブッシュ政権もそうでした。米中には今、大きな争点がない。中国が米国の軍事的脅威になっているという認識は乏しく、むしろ、中国を経済と対外政策の両面で利用できる資源ととらえています。
今年は北京五輪もあり、中国の年になるでしょう。影響力拡大の源泉は、軍事力ではなく経済力です。原油価格の高騰の大きな原因は、中国のエネルギー需要の拡大です。国内で調達できず、いくら高くても、しかも問題のある国からでも買う。このことが原油価格の高騰と、紛争の拡大を招いています。スーダンでの石油開発はその好例です。
07年は、フランスでサルコジ大統領に、イギリスでブラウン首相にそれぞれ政権が移行しましたが、対外政策については欧州連合(EU)という枠組みがあり、安定している。ヨーロッパでは首脳が交代しても対外政策の激変にはつながる可能性が少ない。変化が大きいのはむしろ誕生して間もない民主主義国。そこでは政策のブレが大きくなったり、排外的ナショナリズムが形成される可能性が比較的高い。韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領はその好例でしょう。ただ、今はその流れも収まる方向です。2月に李明博(イミョンバク)氏が大統領に就任すれば、修正が加えられるでしょう。台湾総統選挙は、前回同様激しいでしょうが、国民党が政権を奪回すればナショナリズムも収束に向かうでしょう。
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※注1 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、06年の世界の軍事支出のうち46%を米国が占め、2~10位の国の合計31%より多い。ちなみに4位は中国(4%)、5位は日本(同)。
※注2 コンゴ民主共和国では内戦激化で07年秋に37万人の避難民が発生。ソマリアはイスラム過激派と駐留エチオピア軍の戦闘激化で同年の民間人死者が約6000人に。ケニアでは同年末の大統領選での不正を機に暴動が発生。
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◇08年世界の主な政治日程
2月 5日 米大統領選予備選集中日(スーパーチューズデー)
18日 パキスタン総選挙
25日 韓国新大統領就任
3月 2日 ロシア大統領選
22日 台湾総統選
7月 7日 北海道洞爺湖サミット
8月 8日 北京五輪開幕
11月 4日 米大統領選投票日
?月 X日 衆院選?
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毎日新聞 2008年1月15日 東京夕刊