一つ屋根の下で、様々な世代の人たちが支え合って暮らす――。地域の絆(きずな)も薄れた都会にあって、そんな共同生活をめざした高層住宅が大阪市平野区喜連に誕生し、20〜70歳代の15人が入居しました。全員、初対面。どんな暮らしが営まれているのでしょうか。
「シェアハウス中井」と名づけられたその住宅は10階建て。毎夕6時半、2階食堂の食卓を入居者らが囲みます。訪問した日の献立は、魚の煮つけに冷ややっこ。ビールもついで10人で夕食が始まりました。
「阪神タイガース、なんでこんなに強くなったんかいな」。コップを傾けながら、野球談議に興じる岸上政弘さん(65)は要介護の障害者。一昨年2月に脳梗塞(こうそく)で倒れ、右半身の自由が利きません。家族に介護の余裕はなく、奈良の自宅を出て病院を転々とするなか、病院側にシェアハウスを紹介されたのです。
家族とほとんど会えない日々が続き、気がめいっていましたが、入所してほどなく「心がほぐれた」と言います。こぼした水を黙ってふいてくれる人、深夜まで雑談に付き合ってくれる人……。入居者とスタッフの励ましでリハビリの意欲もわき、一人で歩けるようになりました。通院先の医師も驚く回復ぶりです。
食卓に横山敬さん(30)の姿もありました。シェアハウス事務長。施設の発案者でもあります。
社会福祉士として勤務した老人福祉施設で「お年寄りの孤立感は福祉サービスだけでは癒やせない」と痛感し、「入居者同士が相互扶助できる施設を」と、ボランティア活動で知り合った賃貸住宅オーナー、中井康之さん(61)に相談を持ちかけ、賛同を得ました。
中井さんの学生向けアパートを段差なしの構造に改装し、6月に開所したのがシェアハウス。ワンルーム型の賃貸住宅全110室と共用のリビングやカラオケ室、陶芸の作業場を備えています。スタッフは調理師を含めて6人。終末期医療に取り組むNPO法人「ビハーラ21」(大阪市)のメンバーも常駐し、様々な相談に応じています。
「日に4度の風呂が何よりの楽しみ」。しみじみと話すのは、鹿児島出身の男性(69)です。建設現場で働いていましたが、年を重ねるにつれて仕事が減り、7年ほど前から、軽トラックで鉄くずを探して日銭を稼ぎ、夜は運転席で眠る生活が続いていたのです。
心筋梗塞を発症したのは今年4月。一命を取り留めましたが、当分仕事もできないし、住む場所もありません。途方に暮れていたとき、ホームレス支援団体を通じて横山さんを知り、誘われて入居しました。
生活保護の手続きも完了し、月4万2000円の家賃も何とか払えます。「人生、しんどいことも多かったけど、仲間がいるここで余生を過ごしたい」。男性は、ビールをおいしそうに飲み干しました。
開所から2か月。空き室を多く抱え、運営の道のりは平坦(へいたん)ではありません。世代間の交流も途上です。それでも、カラオケ大会を2度開きました。お年寄りと若者がリビングで談笑する光景も見られます。
理学療法士を志す専門学校生、菅原久美さん(21)もお年寄りとカラオケを楽しむ入居者の一人。「実習現場で失敗ばかり。私の方がお年寄りに励まされています」と、ほほ笑みます。
少子高齢化の時代。地域で、社会全体で、孤立する老いを支えていかねばなりません。シェアハウスもそんな試みの一つ。「入居者と地域との交流も進め、共同体再生のモデルにしたい」。横山さんはさらなる目標を見つめています。
(2006年07月30日 読売新聞)