「裁判員制度」は国民を否定する愚策―井上薫(弁護士)(2)
2008年1月16日(水)11:38「法律の知識不要」の嘘
裁判とは、主文を決めて当事者に知らせることである。たとえば、「被告人を死刑に処する」とか「被告人は無罪」というのが、主文の例である。裁判とは結論をいうと覚えるとよい。
だから、義務教育卒業レベルを保障された裁判員は、このような結論を決めることはできよう。どこからともなく、そんな重大なこと、裁判の素人が決めるなんてできないという声が聞こえてきそうであるが、それは杞憂である。それはできる。直感でも、賽の目でも、テレビのワイドショーそのままでも、とにかく結論を決めればよいのだから。
ただ、その結論が、法律に基づくようにせよといわれても、法律の素人である裁判員にはできない。つまり裁判員は、裁判はできるけれども、法律に基づく裁判はできないのである。
この点につき、最高裁は、大要「裁判官が必要な説明をしてくれるので、裁判員は法律を知らなくても大丈夫」といった説明をしている。
しかし、これは真っ赤な嘘である。裁判員法によれば、裁判員には、裁判官と同様に職権の独立が保障されている。だから、裁判官の説明を聞いた裁判員は、「あの裁判官は常識がない。あんな説明は無視して、俺は別の判断をする」と考えれば、それでよいことになる。評決では、その裁判員も裁判官と同じ一票をもつのである。
つまり、評議の場を、裁判官が先生で裁判員を児童に見立てた小学校の教室のように考えているのが、最高裁の説明にほかならない。先生が説明すると、児童は「そうか」と思っている、というわけである。裁判員もバカにされたものである。
このような自己の意見のない裁判員なら、わざわざ新制度を創設してまで、裁判所の構成に参加させるいわれはない。そうかといって、裁判員が自己の主張を貫けば、先に見たように、法律に基づく裁判はできなくなってしまう。いずれにしても、裁判員制度はどうにも使えない制度である。
民意との隔たりは立法で正せ
以上に検討したように、裁判員制度には憲法違反があり実施できない。だから、制度の妥当性を論ずる前提を欠く。この点に気づかずに、裁判員制度が良いの悪いのと言い合いしている者は、不勉強の極みかアウトローなのである。
最近のマスコミは、しばしば裁判員制度を取り上げるが、裁判員の日当をいくらにするとか、託児所があるとよいなどという細かな論点に国民の目を誘導している。これでは、裁判員制度に憲法違反があることを国民に気づかせない負の効果しかない。マスコミ関係者に発想の転換を求めたい。
このように、裁判員制度は施行前に廃止するしかない。内閣府の世論調査によると、国民の八割は裁判員制度に消極的である。こんな法律が、国民主権の国でできたこと自体狂っているといいたい。
もっとも、法律のプロである裁判官だけで裁判していても、重大な違法行為が日常茶飯事としてなされている狂った司法の現実を忘れてはいけない。
その典型例が、蛇足判決(判決理由欄中で主文に関係ない判断をした判決)の横行である。裁判所には主文に関係ない判断をする権限がないので、この種の判決には越権の違法(三権分立や国民主権の原理といった国家統治の根本原理を否定するとりわけ重大な憲法違反)があり、このような裁判官は、弾劾裁判によって排除されなければならない(拙著『司法のしゃべりすぎ』〔新潮新書〕と『蛇足判決が司法を滅ぼす』〔産経新聞出版〕参照)。法律のプロである裁判官だけで裁判していてもこのていたらくである。ましてや、法律の素人が参加したらなおさらであるといいたい。
また、裁判官の判断に違法がないのに民意と隔たりが大きすぎる場合にこれを正す手段としては、国会が立法権を行使して新たな法律を制定し、裁判の基準を改めるしかない。最近、交通事故の量刑が厳罰化されたのは、そのよい例である。こういった正当な手段を採らずに、裁判所に法律の素人を送り込む方法によって裁判を民意に近づけようというのは、その手段の選択が誤っている。
私は、裁判員制度反対の意見を、すでに『狂った裁判官』(幻冬舎新書)と『司法は腐り人権滅ぶ』(講談社現代新書)で発表してきたが、来る平成20年3月に、その決定版として『つぶせ! 裁判員制度』(仮題、新潮新書)を公刊する予定である。裁判員制度賛成論者がよく口にする「国民の司法参加」は、根本的な誤りであることが明らかとなる。
裁判員制度の誤りを知る過程で、裁判に対する国民の関心がよりいっそう高まることを期待する。
『Voice』2008年2月号 話題のテーマに賛否両論! より
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